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【小話】金の切望、銀の記憶【更新】

【金の切望、銀の記憶】

学友らと別れ、私は街を散策している。特に目的があったわけでもなく、ただ足の向くままにアーケードをぶらついた。どこをどう通ったのか定かではないが、店舗の集団から距離を置いた、人影のまばらな通りの一角に存する本屋の前に到達し、何気なくその敷居を跨いだ。

店はざっと見通せるほどの奥行きで、最奥に置かれた机に黒電話のあるのが印象に残った。帳簿をめくっていた着物姿に銀髪の人物が顔を上げ、「いらっしゃい」と声を掛けてきた。私は会釈をし、書棚に囲まれた結果構成されたとしか思えない細い通路を、注意して進むことになった。入口の正面にしか道が無く、その唯一の隘路には高価そうな壷や、雑誌の束、怪しい雰囲気の人形や複数本の巻物が転がっており、それらを踏まないように歩かなければならなかった。書棚は見上げると首が痛くなるほど背が高く、作者順かと思えばタイトルのあいうえお順だったり、背表紙の焼けている物同士の間に、光沢のある、異様に新しいものが挟まれていたり、実用書と小説が折り重なっていたり、外国文学と日本の伝承古典とが入り交じっていたりと、ルールの無さがルールなのか”整然”と”散らかって”いた。レコードが鳴り渡り、私以外に客の無い店内ではあったが、私は特段の居心地の悪さを感じることもなく、興味深く店内を巡った。

しかしそれから間もなくのことだが、不思議なことに、私は察してしまった。
自分の欲する書物が並んでいないことを、何かの拍子に感じたのである。その不思議な直感に加え、学校帰りで疲れていたのともあり、私は店を出ることにした。体をようよう反転させ、足下のチョコレートの絵が描かれた絵本を避けて残る狭いスペースに踏み込んだとき、私はがくんと傾き暗転に呑み込まれた。足を踏み外した。そこには床板がなかった。ないと気づくのが遅すぎた。私は宙に足を取られ、重力に引きずられ、暗闇に落ちていった。

柔らかい布のような物にくるまれ、墜落の衝撃を免れた私は、しばしの間呆然としていた。そこは地下室なのか、窓が一つもなく、人の気配も無ければ光の一筋さえ走っていない空間であった。正気に戻り、立ち上がって一歩踏み出す。と、ローファーのつま先に触れる物があった。しゃがみこみ、感触を頼りにそれを手に取る。掌から溢れる厚みと質量、凹凸のある面から察するに、おそらく立派な装丁のハードカバー本であろう。それを胸に抱え、右手で進路を文字通り”手探り”で進んだ。ここが部屋ならば必ず出入り口があるはずだとの直感があった。

しばらく進むと、突然指先が冷たい何かを探り当てた。ドアノブのような形のそれとの出会いに、困惑し当惑した。部屋の中に部屋があるなど、想像もしていなかったが、その考えはすぐに霧散した。どうやらこれまで歩いていたのは廊下だったらしい。意を決し、ノブを回して扉を押す。
すると、そこには、頭に大きな赤いリボンをつけ、切り揃えられた黒髪の美しい少女がいた。サイドテーブルのランタンから漏れる明かりで書物をめくっている。彼女は紙面から顔も上げずに、「来ると思っていたわ」と、恬淡と言い放った。呆気にとられた私は、「ここでなにを?」とどもりつつ尋ね、少女の失笑を買った。

「此処は本屋で貴方は客人。未来予測は簡単ね。」

「・・・でも、ここに私の欲しい本は、ないみたい。」

「それは困るわ」血の通っていない人形のような青白い顔色で、表情筋一つ動かさない様は、到底困っているようには見えない。だが、彼女はここの人間で、本を買わない客の相手など、無意味なのだろう。私は不用意な質問を詫びようと頭を下げた。
だが彼女は「その子の存在価値が無くなってしまうわ。」と、私が抱えている書物を見もせずに指摘した。「その子」と彼女が言ったとき、おそらくは私の錯覚に違いないが、その本が小動物のごとく小さく震えた。反射的に、腕に力を込めた。辺りは薄暗く、その本の装丁も内容も著者もジャンルもわかりはしない。当然、買うつもりもなかった。検討するための要素が、なにもなかった。

しかし、そのときにはすでに、私は口を利くことも、首を左右に振ることもできなくなっていた。

金縛りだ。

私は、その場に立つ銅像のようになっていた。少女の目が赤く光っているのを、はめ込まれたガラス玉のような、動かない目で見た。彼女が椅子から立ち、私の方へゆっくり近づいてくる。「人間が生まれ老いて死ぬのを越えて、ね。貴方が見つけられないのなら・・・」

動かない腕に力を入れようともがいた時、私の腕から本が飛び去った。

覗きこんでいる彼の目が、美しい弧を描いた。「目を覚ましたかい?」「ここは、どこですか?」私の発言に対する彼の笑みは、黒髪少女の面影があった。はっとし、辺りを見渡す。だが、「夢でも見ていたに違いないさ」との言葉が、私を現実に引き戻した。急に倒れたから心配した、と、彼は席に座り直し、私は体を起こした。背中が痛い。私は寝心地の悪いベッドに横たわっていたようだ。見ると、散らかって床も見えなかった商品の山を通路の脇に強引に寄せて積み上げ、その上に広めのマットを被せてベッドを作ってくれたようだ。「暑いから、幻覚が見えそうなほどにね」と、店の主人は涼しい顔で答えた。近くで見ても店主は若いのか年を重ねているのか、よくわからなかった。老人のようにも、兄のようにも見えた。私はベッドから降りようと、両手を即席寝床に突いた。と、その時、指先に何かが触れた。どうやらそれを、枕として使っていたようだ。いざ明るい場所で手に取ると、やはりわずかに振動した・・・ような気がした。

私がその本を使って、世界を変えていくのは、それからしばらくしてのことだ。規律上の守秘義務があるため、詳しくは伝えられない。おそらく信じてもらえないだろうが、今も私の孫が、その古びた本を毎日磨いては・・・被害者に失笑されつつも、ページをめくって世界を変えている。

願わくば、あの地下室のある店に、あの店主と少女に再会したいものだ。


【了】
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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