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【小話】透明の毒【更新】

【透明の毒】

はちは目を見開き、開けたばかりの扉を閉めようとした。しわだらけの茶けたスーツにとんがり帽の痩せた男が、店先で俯せに倒れている。その骨ばった手が、一冊の本を掴み、左手の人差し指が黒蝶堂を指さしていた。はちが店の奥間に引き戻ろうとした時、

「――活字中毒なんだ。」

掠れた声が耳に届いた。「過剰摂取気味だ」と、喘ぎつつ、はちの右足首を握りしめる手に一層の力が入った。

振り返ったはちの眉は顰まり、目は通常の半分の大きさになっていた。

「・・・水でも飲んで落ち着けばいいんじゃないっスか?」

ため息をついた彼の脇から、白い頭が覗いた。驚く隣人をよそに、白い青年は、透明のグラスを差し出す。

「少しずつ体内に取り込めば問題ないですよ!」

「ゆっくり飲んでくださいね」と、しろは人差し指を振りつつアドバイスを送る。小声で、はちはしろに詰め寄り問いかける。

「・・・それは、”ただ”の水か?」

「もちろん、”無料(タダ)”です。お代は入りませんよ!」

「いや、そっちの意味じゃなくてだな・・・」

いったい何の成分が入っているのか、推測も保証もできないはちである。同居人の彼でさえ、しろの行動は読めない。だが、彼の懸念もむなしく、客人は半ば奪うようにしてグラスを手に取った。

「なんでもいち早く、味わいたいんでね。」

新刊しかり、新商品しかりと冗談めかして微笑む。

「・・・よく吟味しねぇと、体に毒かも知れねぇっスよ。」

はちの隣人としての忠告もむなしく、彼は透明の液体を一気に流しこんだ。

「毒を以て毒を制す、書を以て心を制す、だ。」

「・・・いや、まぁ」

――毒とまでは言わないんスけどね。

その言葉を飲み込み、頬を掻いたはちは、堂内に戻った。そして「液体に溶ける薬・毒」という医学書を本棚から引き抜き、パラパラとめくった。電波な発想力を持つしろが、これを参考にするとは思えないが、もしもの時の対処法が載っているかもしれないと思ったからだ。

すると、いつの間に入っていたのか、男が堂長席に体を乗り出し、痩せこけた青白い顔の中で、異様に輝く目を本に注いでいた。「・・・これでいいんスか?」と尋ね、大きい頷きを受けたはちは、古いレジスターを働かせて会計をし、客に書物を持たせた。礼を告げた男は、帽子を深々と被り直し、

「最後は蓄積した文字に埋もれて、息を止めたいね。」

商品を胸にしっかりと抱き、堂々と言い放った。

「・・・圧死なら、出来るかもしれねぇっスね。」

客の背を見送りつつ放った言葉は、彼に届いたかどうか。堂長席で頬杖をつくはちに、

「思想を文字におこしたがゆえに、命を奪われた者もいれば、書物を持つがゆえに命を落とした者もいるわ。」

書棚の上からの声が囁く。

「怖いですねぇ」と笑うしろと、「いつの時代の話だっての」と呆れるはちに

「書物は人を惑わす宿命なの。」

棚の上の少女は、淡々と告げた。

「摂取しすぎて中毒になるのは、水も本も同じですね。」

少し多めに入れてみましたけど、きっと大丈夫ですよ。
病は気から、ですから!

と、まぶしい笑顔を放つしろに、ため息で応じたはちは

「・・・中毒っつっても、そういう意味じゃねぇだろ。」

死因が活字中毒なんて、聞いたことがねぇよ、と続け、今度は「世界の死因ベスト300」の目次を開いてみるのであった。


【了】

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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