【小話】黒く白い捏造【更新】

【黒く白い捏造】

「わけあり物件に住んでいるんだ。」

単刀直入に、客人は切り出した。

「・・・どういう意味っスか?」
「わけありってことですね!」

黒白の二人が同時に口を開くものだから、客の耳には不明瞭な二重音が届いた。無意識のうちに黒い彼が白い彼に発言権を奪われ、当然のように白い彼は話を続ける。

ほら、窓に靄みたいな人影が浮かんだり、階段の数が増えたり、家具が勝手に動いたり、作った料理が少し減っていたり、どことなく他人の気配がしたりする物件ですよ。

徐々に声の弾むしろに、はちは日誌を書き付けるペンを止め、椅子の背もたれに寄りかかった。

客人は「だいたいそんな感じで」と頷き、事情を語る。

住居は築60年の共同住宅で、風呂もトイレもない。台所は共用。小雨でも雨漏りするし、玄関の鍵も壊れて半開き状態。住民の誰もが幽霊を見たと気味悪がってる。「そもそも雰囲気が不気味だ」と、周辺の住民の間でも噂されてる。

でも、住んでいる。

「だって、家賃が死ぬほど安いんだ。」

「・・・死にはしないと思うっスけど。」

「だけど、最近は妙なことも起こらなくなって。」

「幽霊さん、引っ越してしまったんですかね?」

このままでは家賃が上がってしまう!そうなったら、住むところを失ってしまうかもしれない!
と、堂長席の前で頭を抱え、うずくまった。

「・・・だからと言って、いきなりは上がらねぇと思うんスけど」

間借人の内、誰がそんな不確かな要因で家賃の値上がりを了承するだろう。はちは、自らの常識で非常識的不安要素をあしらう。

しかし、

「もう発表されているんだ。」

常識の刃は、あっさりと折られた。

「・・・家賃が上がる、と?」

眉を動かすはちに、客人は立ち上がり、一枚のコピーを広げ、指さした。そこには端的に、こう書かれている。

”消失した模様より、家賃を正規の値に戻します。不都合・苦情等あれば、契約期間内でも立ち退き応相談。証拠があれば別途処置。――大家”

「楽しそうなアパートですね。」

「・・・愉快なのは、大家の頭の中だろ。」

だから、私たちは考えた。客は言う。住人たちで集まり、知恵を出し合った。でも、いい方法が思いつかず、煮詰まって、それで、ここにきたってわけだ。

「なにか、なにか、証拠があればいいんだ」

眉を八の字に下げ、苦悶の表情で呻く。その様を見ていたしろが、一瞬はっと息をのみ、瞬後、キラリと目を輝かせた。

「幽霊さんの写真なんてどうですか?」

「心霊写真?」

「確実にいるってことが、しかも住んでいるってことがわかればいいんですよね!写真は動かぬ証拠になるはずです!」

「それだ!」

彼の発想で、意気投合し始める両者である。
はちはそのやりとりを見て、

「・・・バカバカしい。」

自然にこみ上げる感情を言葉にしてこぼした。

途端、堂長席が力まかせに打ちつけられ、木製の机が軋んだ。

「これは、死活問題なんだ!」

追い出されるかもしれない。そう考えるだけで・・・
打ちつけた客人の顔は真っ青で、唇がわなわな震えている。力強い語気とは真逆の、頼りない様である。

そんなことを考える暇があれば、安い家賃の下宿先を探すなり、アルバイトでもして収入を増やすことでも考えればいいじゃねぇか。

はちは思うが、口には出さない。

ならば、どうしたらそれを撮ることができようかと、頭を悩ませ始める両者である。そこに

「・・・合成すればいいじゃねぇんスか。」

「それだ!」

迂闊にも思いつきを口にしたはちは、予想外の反応の良さにたじろいだ。手際よく、ビジネス鞄からPCを取り出す客に「準備がいいですね」としろが口角を上げれば、「だって、今、仕事中だからね、手放せない必須アイテムさ」と胸を張った答えが返った。

数分後。
「できそうですか?」運んできた湯呑みを置いたしろは尋ねる。「・・・なんでオレが」堂長席には全くもって不釣り合いな最新機器が置かれ、光をこぼしている。

マウスを走らせ、キーボードを叩き、ソフトを起動する。そして、アパートとそれらしき影との合成写真を作る。

・・・言ってしまえば、それだけなのだが。

「使えないですね。」

「・・・どっちのことだ。」

客が説明用にと持参したアパートの写真を、複数枚PCに取り込み、更に数十分後。合成写真は、いつまで経っても完成しない。そういえば黒蝶堂に、電化製品を新調した記憶は、はちにはない。携帯電話はもちろん、PCだって存在しない。まともに触るのも、初めてである。精密機械の前で固まり、こんなことをしている自分が情けなく、ひどく惨めに感じてくる。やはり、まともに取り合う事柄ではないと思った彼が、依頼を断るべく「あの・・・」と切り出す。
すると、

「頼みます、報酬は弾むから!」

アパートの住人みんなにも協力を頼むから、と、客人はモニターの裏側で両手を合わせて頭を下げた。

「・・・やらせていただきます。」

はちに、断る理由はなかった。
しっかりしたものを作るには時間がかかると説明し、PCを一時預かることにした。無くても仕事に支障はないかと問えば、「仕事はPCがするんじゃなくて、人間がするものだから、無くても支障なんてない」との答えが跳ね返ってきた。

「・・・そもそも、なんでうちに来たんスか?」

続く質問にも、客人は、快活に答える。

「職場の先輩に、ここならなんとかしてくれるだろうって」

そういうのが専門らしいって、秘密裡に教えてくれたんだ。最初、興味がなさそうだったのも、私が本気で言ってるのかどうかを見極めるためだって、すぐにわかった。時間はかかったけど、合格できてよかった。
客の顔色は、いくらか生気を取り戻したようであった。

扉を開き、去りゆく後ろ姿を見送る。はちは、黒蝶堂に対する世間の誤解をどう解くべきか考える。ぐるぐると考えながら、思考の海に潜ろうとしたところ、

「専門家が居るじゃないですか。」

白い青年の言葉に潜水を遮られ、背を押されて店を出た。



「堂長の頼みとあったら、断れないんだぞ。」

「いや、オレが必要としているわけじゃねぇ。」

「ビビリを治す第一歩を踏み出すつもりになったか。」

「違うっつってんだろうが!」

語気を荒らげ、少女に詰め寄るはちは、すぐにため息をついて「・・・なんとかならねぇか?」とトーンを落とした。

はちは深見ヶ原墓地にやってきていた。心の中はまさに”しぶしぶ”で一杯である。心霊写真などという不確かで不明瞭なものの存在を、彼はまったく信じていない。そもそも、霊など存在するはずがないのだから、写真に写るはずもない、単なる錯覚だと鼻で笑っていたのである。だが、同居人は「牡丹ちゃんなら、撮るコツを知っているはずです!」と話し、少女ゆりは黙りこくったまま、はちの前にカメラを棚の上から落下させてきた。結局、カメラ片手に一人で墓地に赴き、ツインテールの少女・牡丹が、広場の木の下で涼んでいたのを捕まえたところである。
袴姿の牡丹は、一通りの話を聞き、

「はっきり映っていればいいんだな?」

手渡されたカメラを構え、ここを押すのか?と小首を傾げる。

「あぁ、それらしい感じでいいみたいだ。」

あと、押すのはそのレンズじゃなくて、てっぺんの”ボタン”だ、と、少女の指を正しい位置に直す。シャッター音が響く。下部付近から、写真が即座に印刷されて地に落ちた。はちが拾い上げ、眺めると、自分の顔のアップが斜めに写っていた。ずれているめがねを正しい位置に戻す。
「・・・ややこしいんだぞ」牡丹は唇をとがらせる。操作も、名前も。あれこれ触りつくし、またシャッターを切った彼女がカメラを置き、数歩離れて、背負う卒塔婆を構えた。「ぐぬぬ」と呻く彼女に「壊すなよ?」と冷や汗を流すはちが助言をした。



そして、約束の日が来た。

「できたぞ!」と、カメラと写真を手に、勢い勇んで黒蝶堂の扉を叩いた牡丹をしろが出迎えた。彼らは、彼女を囲み写真を確認した。

「写ってますね、さすがです!」

しろが歓声をあげる。そうだろうと彼女が指し示す先、”彼か彼女”は、はっきりと写っていた。髪の長い、目の落ちくぼんだ、顔色も衣服も白い子どもだ。自らの完成品に、

「丁度、途(みち)に迷っている奴がいたんだぞ。」

少女は誇らしげにのたまう。はちは、彼女の作品を見、

「てめぇも写ってんじゃねぇか!」

叫ばずにはいられなかった。
影の薄い彼か彼女に肩を組み、ピースをしているのは目の前の少女・牡丹その者である。背景に、例のアパートの看板と全景がある。

「観光写真じゃねぇんだよ!」

再度突っ込まざるを得ないはちである。その目で、時計を見やる。予定時間まで、あと30分ばかりである。

はちがその事実を認識したとき、ふと、牡丹の目が鋭さを帯びた。背中の卒塔婆に指をかけ、

「祓いが必要だぞ」

と、薄青に光る目で堂長席に置かれた沈黙するPCをまっすぐに見据えた。

「ゆりは居ないのか?」戸惑う堂長を横目に、牡丹が問えば、

「貴方の渾身の一枚を見たかっただけよ。」

棚の上から、冷たい声が落ちてきた。彼女が指を振る。黒蝶堂内の戸が閉め切られ、自動的に引かれたカーテンが射し込んでくる光をシャットアウトした。突如として訪れた暗がりに浮かぶ、牡丹の周囲を飛ぶ青白い人魂と、それに照らされた4つの人影の視線が、PCに注がれた。

その時、PCの真っ黒い画面が青い光を勢いよく放出した。

はちは鼓動が早くなるのを痛いほどに感じた。
「・・・うそだろ」と、頬を痙攣させる。というのも、彼の目の前、真っ暗な画面から二本の腕がにゅっと突き出、空気の束を掴むかのごとく、宙をもがいているのだ。その手はぐいぐいと伸び、冷たい感触が首を覆った。ゆっくりと、ほっそりとした指が首の肉に食い込んでくる。「どこぞのB級映画か!」その言葉は、喉の奥でねじ伏せられる。
ゆりは言う。

「その体勢で居て頂戴。」

首が絞められれば苦しいに決まっている。が、はちは文句も吐けず、いつの間にか床に倒されていた。右手で、タップを繰り返す。しろが、「そのままですよ、もう少しもう少しです」と白旗を振っている。はちの中で「白旗は、降参の合図だな・・・」と遠のく意識が告げる。PCから三本目の腕が現れ、右腕に触れた瞬間、爪を鋭く突き立ててきた。されるがままに引き寄せられたはちの、手首から下が画面に取り入れられた。

「私の憑場で、勝手なことをしないで頂戴。」

牡丹の周囲を飛ぶ、青白い人魂が、ゆりの赤い瞳を照らす。すぐさま、ゆりの手元、広げた書物から、真っ黒い蝶が無数に吹き出し、PCに飛び込んでいった。数秒後、それらの影が、人影を押し出すように飛び出た。白い着物の”彼か彼女”は、床に放り出され横倒しになった。近くにいた牡丹に上体を起こされる。彼女が「途をまた間違えたのか?」と、強く問いかける。
放りされた子どもは、寒気から自らを守るように、わなわなと震える体を抱え、

――家に帰りたい。

か細く息を吐くようにささやいた。

「この子の道を案内して頂戴。」

手を繋いで、ね。問題は解決するわ。

突如、かすかに表情の和らいだ彼女に後光が射した。ほぼ同時に、例の客が、扉を開けて駆け込んできた。

「真っ暗だから、心霊にやられたのかと!」

「もう少しだったんですよ!」

憮然として答えるのはしろである。少女らの姿は消えている。倒れているはちは、ゆっくりと起き上がり後頭部をさすった。隣で泣きじゃくる”白い子ども”が、上着の裾を引っぱっている。客人はその存在に気づくこともなく、期待に満ちた瞳で言う。「間に合ってよかった・・・ところで、写真は完成しましたか・・・あ!」机の上の写真を手に、客人は目を見張った。「これは・・・どうみても本物だ」みるみる色を失う客人に、「それで事足りるっスか?」と尋ね、同意を得た堂長は続ける。

「・・・一度、アパートにお邪魔してもいいっスか?」

「本物を探し出してくれるのか!」

隣で裾を引く子どもを見下ろしつつ、はちは苦笑する。

「路頭に迷うかもしれねぇ住人を、ミチに迷ってるやつが救う・・・ってか。」

バカバカしい。またも詰め寄られると面倒なことになると感じたはちは、自分の感慨に蓋をし、「・・・まぁ、そんなとこっス」と、話を合わせた。



姿が見えなくなったのは、あの機械に取り憑いたから。

客人とともにアパートへ同行したはちが堂に戻ると、ゆりは書棚の上から、しろと牡丹に語りかけていたところだった。

「世界への扉が目の前に開けているから、好奇心の赴くままに覗いた。既に無い足を掬われるとも知らずに。」

「まさか、あいつがあの家のやつとは思わなかったんだぞ。」

どおりで、あの家の周りをうろうろしていたわけだ、と、牡丹はポンと手のひらを叩く。「家に入れないから、泣いていたのか」「家の前で閉め出されちゃったら、途方に暮れちゃいますね」と、しろが相づちを打つ。

「・・・まったく、つかれたってんだ。」

「また、”憑かれ”ちゃったんですか?」

「”疲れた”って言ってんだろ。」

はちは、彼らに報告する。
裾を握っていた白い子どもはアパートの敷地にはちが踏み込むなり、ぱっと手を離して駆けだした。アパートは客の言うとおりの老朽化の進んだ建物であった。客人に続いて室内に踏み入れたのは、はちではなく白い子どもであった。子どもは軋むはずの床板の上を音もなく走り回り、玄関で客と立ち話をするはちに、柱の脇から顔を見せた。軽く手を挙げて返事がわりにすると、子どもは子どもらしく、朗らかに笑って姿を消した。

家賃が現状維持になったと、黒蝶堂に礼状と報酬が届いたのは、それからすぐのことであった。同封されていたのは、アパートを背景にした住人たちの集合写真である。感謝の意と、「住人一同」とが書かれた写真には、客人の背後でぼんやりとはにかむ、白い子どもの姿が写っていた。


【了】

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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