スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【小話】インク流し【更新】

【インク流し】

「・・・うるせぇ。お前が悪いんだろうが」

「いいえ!はちが悪いに決まってます!」

ああ言えばこう言う。
その体現である黒白の言い合いは、黒蝶堂内に響き渡る。お互いの評価を下げる方向に引っ張り合う、ごく内輪で済ませるべき、内容の無いような口論が先ほどから続いている。
堂長席で肘をついた黒い方の人間・黒蝶堂堂長黒川はちが、白い方の同居人・氷山しろから視線を外し、たった今、黒蝶堂に足を踏み入れた客にピントを合わせた。彼は、少し遠くの客に声を投げる。

「・・・あの、メモを取る必要とかあるんスか?」

生きる意味を考えたことは?

え?

――え、と、戸惑う、と。
扉のごく近くの客人は、ボールペンを走らせ、手元のメモ帳に書き付けた。

「あなたたちが何気なく口にした言葉も、私を構成しているんです。」

遠くから投げ返される客の言葉に、しろは「そうですよね!」と大きく頷く。

「だから、はちには更正が必要なんです。」

「・・・どこからの順接なんだ?それに、更正じゃなくて、更生だ。校正しろ。」

「いいえ。これは校正せず、後世までつたえるべき事柄ですよ。」

「校正なんて言わないでください!」

突然、客が声を荒げるものだから、黒蝶堂は目を丸くする。いつの間にか堂長席の間近に歩を進めていた客は続け、

「公正な記事など、この世にはないんですから。いっそのこと自己完結自分本位的なメモにこだわるべきで・・・」

革製の鞄を開いた。取り出したるは、大小さまざまのノートで、それぞれを次々に開いては閉じる。「この後は、なんて言うのがふさわしいか」と呟き、ノートを交換しては、人差し指で頁をなぞっている。「それと、今のやりとりを記録するから、若干の時間をください」と告げながら。

発せられる漢字の見える目を持つはちは、「・・・面倒きわまりねぇな」と内心毒づき、混乱している脳内を整理するため、分厚い辞書を書棚から引き出した。

記憶か記録か。

どちらを探していたか、指が宙を切る。違う、コウセイについてだと、指先が自然と、いや、勝手に頁をめくる。

意識の向こう側にて、

「すべてを忘れずにいられたら、メモなぞ必要ない。」

客と同居人の会話は続いている。「そうですね、確かに」と、しろが相づちを打つ。と言う彼は、一度見たものは二度と忘れない、と日頃から豪語している。客は述べる。

「私は、事実が歪むのが許せない。誤解と改竄を防ぐための努力なら、いくらでもすべきだと考えている。」

ここにくれば、忘れないコツを教えてくれると聞いた。「・・・わけのわかんねぇことを」心中首を傾げるはちの開いた辞書の前に、一枚の紙が滑り込んできた。折り畳まれたメモに目を通す。

――人間を捨てる覚悟は?

投げてよこしてきたのは、棚の上の少女に違いない。はちは怪訝で一杯の視線を移す。少女・ゆりは相変わらず書物を膝の上に開き、黙々と文字を追っていた。

「・・・人間を捨てりゃ、記憶が永久に残るってか?」

素っ頓狂なことだとはわかっていながら、はちは少女に問うた。「また、わけのわかんねぇことを・・・」一種の謎かけなのか?と、その真意を尋ねたのである。
だが、少女に届く前に、客人としろとが、一斉に振り返り、同時に駆け寄ってきた。

「もう一度、今の言葉を!」メモを、メモを取りますからもう一度!!何を捨てるんですか?!と、客人が唾を飛ばし、「はちにしては面白いことを言いましたね!」どういう風の吹き回しですか!なんの風が吹いたのですか!と、しろが頬を紅潮させる。

段々と冷静になっていく頭で、はちは辻褄をあわせるべく、そして、この面倒な事態を鎮静化させるために、言葉を選び始めた。

「捨てるんだ。」

客が息をのむのがわかる。

もっともらしく聞こえるよう、堂々とせよ。
脳みそが焦燥感に駆られ、精一杯に言葉を探している。

「ペンを折り捨て、紙を燃やせ。」

しろがにこにこと見ている。目を見開いた客が、「でも・・・」と、鞄を持つ手に力を込めている。その目をじっと見据えて、はちはゆっくりと結論づける。

「本当に大事なことは、忘れない。」

それからすぐに、これはどこかで聞いたことのある台詞だなと気がついた。一体誰が言っていたのだろうか?いずれにしても、使い回された陳腐な言い回しだと、台詞の上塗りをしようとする。

だが、

「私、目が覚めました。」

この客人には効果覿面だったようで、

「全部を手放すのは、今すぐには難しいんですが・・・」

「少しずつでいいんじゃないんですか?」

戸惑う客の前、言葉を探すはちの横で、しろがアドバイスを加える。「記憶力を鍛えるには、美味しい食事も大切です!」と、根拠のないことを言っているものだから、

「・・・こういうのは、メモしなくてもいい。」

「わ、わかりました。」

客はアルコール中毒の症状のように、手がかたかたと揺れる腕を左手で押さえた。「本当に大事なことは、忘れない」小さく呟く客に、「・・・その意気っス」と、今はありふれた表現になってしまったその言葉を発明したのは、一体誰だったか、思い出そうとするはちである。やっぱり、忘れるときは忘れちまうもんだなと、口が裂けてもこの客人の前では言えない思いを抱えながら。


【了】
スポンサーサイト

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

メニュー
twitter
    更新情報配信中
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。