【小話】朝焼けの空色【更新】

【朝焼けの空色】

「黒蝶、走れぇ!」

3塁ベースの脇で腕を回しているのは、確か八百屋の若頭だったか。こういうのは向いてねぇんだよと、懸命に足を働かせてホームを目指す黒川はちは嘆く。
商店街の有志による野球大会に代理で出てくれないかと話が持ち込まれたのは、昨日の夕方のことである。2人、どうしてもメンバーが足りないんだと言われた黒蝶堂は、白い青年の「おもしろそうですね!」の一言で参加を決定したのであった。
河川敷近くのグラウンドに、陽の昇る前に辿り着いた彼らを待ち受けていたのは、若者には負けないぞと鉢巻を締める生活雑貨用品店の親父であったり、朝から酒を飲んでいるのかと疑いたくなるほどぐでんぐでんの、声を荒げる飲み屋のじいさんだったり、スポーツをすると言うのにスーツ姿の、無口な不動産屋の若者であったりで、統一のユニフォームもなければ作戦もサインもなく、ポジションや打順すらも「50音順で」とのことで、なにもかもが「適当だな」と思うはちであった。今日の対戦相手は隣町の、言わば、似たような境遇の者たちの寄せ集め集団と聞いていたから、単なる運動不足の解消を兼ねた地域行事だと捉えていた。

だが、試合の始まる直前になって、チームメイトの目の色が変わった。「勝利しか許されない」とリーダー的ポジションの若頭が噛みしめるように言い、円陣を組んだ皆が無言で頷く。「黒蝶、わかってるか」屋号で呼ばれたはちとしろは、「わ、わかってるっス」「お任せください!」と各々応じた。

挨拶もそこそこに、試合が始まった。「スゴいやつがいるな」と一挙手一投足ごとに絶賛されるしろと、「まぁ、可もなく不可もなく」と評価を下されたはちは、時間もそれほどかからぬ内に、チームにとけ込んでいった。

ベンチに座っていると、彼らは次々に話しかけられた。最初はヒットを打つためのコツであったり、内野ゴロを捌くための足の動かし方であったりと技術的な話題が多かったが、試合も終盤に差し掛かり、大量リードを奪っていたチームには余裕が生まれていた。チームメイトらは、バッターボックスに入る前、入れ替わり立ち替わり、言葉は違えど、はちに尋ねる。「なぁ黒蝶」「なんスか」「あんたの店には”出る”のか?」「え」次に言う者は、「あんたは”ミ”えたりすんのか?」「は」まともそうに見えたスーツの不動産業は「君、店の評判を知ってるのか?」はちは声を抑えて答える。「そりゃ、いろんな客がきますから、噂は聞いて無くもないっスけど」ありえねぇっスよ、うちはただの古書店っスからと続ける。「そうなのか」と言うのは、八百屋の若頭である。試合は5回まで進んでいた。この表を押さえれば勝利、ということらしい。

若頭は言う。

「なら、俺が次の打席でヒットを打てるかわかるか?」

こいつ、聞いていたのか?オレの話を。
はちはつっこみをため息に変えつつ、「そんなのわかるわけが・・・」答えようとした矢先、今朝のゆりとのやりとりを思い出した。懐に、彼女から受け取った1枚の紙がある。それと壁に掛けられた各人の、特に若頭の各打席の結果をこっそりと見比べ、はちの頭にある思いつきが浮かんだ。

「・・・次は」

「次は?」

「・・・三振みたいっス」

はちの予言は今日、1本もヒットの出ていない若頭にはダメージが大きかったようで、意気消沈した彼は、「そうか」やぶれかぶれでやってみるかと、頬を叩き、きつい視線をグラウンドに投げると、バッドを握ってベンチを後にした。

大量得点でリードしていたにもかかわらず、最終回で試合は振り出しに戻っていた。2アウトランナー1、3塁で回ってきたのは本日絶不調の若頭の打席であったから、今朝は引き分けかと誰もが思った。

だが、その予想に反し、彼らは若頭のサヨナラ2ベースヒットで勝利を収めたのであった。

勝利を喜び合い、ベンチの片づけに戻ったはちは呟く。

「・・・これで、噂が少しでも薄まればいいんだがな。」

隣人のしろが、耳聡く近寄ってきた。

「もしかしてはち、若頭さんに嘘を言ったのですか?」

「・・・嘘じゃねぇよ、オレが予想してみせただけだ。」

はちはゆりに預かった用紙を懐から取り出し、広げてしろに見せた。5つの枠が設けられた図には、左から順に××××と続き、5つ目の枠内には、○が書き込まれていた。

「黒蝶堂は当たらねぇって話にすればいいんだろ。」

そもそも未来を読むなんざ、到底無理な話だってんだ。少しは噂が緩和されりゃ、妙な評判もなりを潜めるってわけだ。「でも結局当たってますよね。」ゆりちゃんはさすがですと言うしろに、「黒蝶、ありがとな」若頭が駆け寄ってきた。

「・・・当たらなかったみたいっスね」

やっぱり、うちはなんもねぇんスよ。はは、未来なんて見えねぇにこしたことはないっスと、饒舌に振る舞ってみるはちであったが、

「いや、これは当たったと言っても良い」

「・・・え?」

彼は、自分の耳を疑った。
誇らしげに言う若頭は続ける。

「黒蝶に現実を見てもらえば、未来は理想と重なる。」

「ど、どういう意味っスか?」

人に言えば不幸が幸福になる、逆夢と同じ理論だ。黒蝶は未来を成功させるため、あえて失敗すると言ってくれたんだろう?

なんにせよ、今日は勝って良かった。今度、うちに来てくれよ。少しは安くするし、黒蝶の評判も上げとくからさ。

「・・・ちなみに、その評判ってのは?」

「もちろん、黒蝶が未来を読む力を持つってことだ」

やっぱりそうだったんだなと感心する彼は、次の試合にも出てくれよと言い残して、グラウンドの片づけに走り去っていった。

「…思うようにはいかねぇみたいだな」

「それじゃあ楽しくないですからね!」

僕たちも力添えをしましょう!落胆し、疲れのどっと溢れ出たはちを横目に、しろは疲れを一つも見せず、若頭の後を追った。


【了】
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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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