【小話】赤褐色の旅路【更新】

【赤褐色の旅路】

「結婚させて、今すぐに。」

「・・・は、え?」

睡魔に這い寄られ、思考が混濁し始めていた黒川はちは、夢の世界の入り口から現実世界に引き戻された。椅子に座り直す。その時、堂長席に一枚のそっけない書類が広げられているのを眼のはしに捉えた。上部には「婚姻届」と、強調するわけでもなく、淡々と置かれた文字があり、中腹には最低限に引かれた罫線のある、模範的な事務の様式を確認する。「こんなもんを差し出してくる奴は・・・」はちは眼をこすり、目の前の人間を確認しようと顔を上げた。このような素っ頓狂なことをしてくる人間は、ただ一人しか知らない。自分の同居人・氷山しろがあさっての方向に進展する発想に、自分を巻き込もうとしているのだ。

そう信じていたからこそ、はちは、そこにいた人間を足先から頭のてっぺんまでまじまじと凝視してしまった。頬をつねってみたが、わずかに痛覚がある。
豊かなブロンドの髪と、彫りの深い整った顔立ちの美女は、腰に手を当て、柳眉を寄せて眼前に接近してきた。「オハヨウゴザイマス」と唇が動き、はちは反射的に身を引く。遠くから見直しても、「芸能人です」と自己紹介されても納得しそうな程、光るようなオーラを放つ彼女に、まったくもって見覚えもなく、結婚を迫られるほどの関係であるなどということが、あるはずもなかった。

「人違いでは?」

「こういうのが専門なんだよね?」

客は凛とした佇まいで、薄茶色の瞳を揺らした。

「・・・専門?」

はちが戸惑いを示してみせれば、彼女は深く頷き、顎に指をかけつつ答える。

「ヒイゲンジツ的ジショウを強引に現実にする?」

「・・・それ、否定させてもらってもいいっスか。」

そんなことはやってねぇし、聞かれても困るんだがな。
口に出さないはちの前で、彼女は事情を語り出す。

「ワタシ、彼氏とうまくいってないんだ。」

1年程前から同棲を始めた。普段は仲が良すぎて、周りに”ドンビカレる”くらいなのに、毎度、同じことで喧嘩になる。最近は特に衝突が激しくなり、そろそろ限界がきそうだから、いっそ決着をつけたい。話の進行上、はちは理由を尋ねてみる。すると、彼女は目をつり上げて、

「チャンネル権の奪い合い!」

頭を両手で押さえ、髪を振り乱し始めた。「お、落ち着いて」美女の変貌に、はちの眉間の皺がより深く刻まれる。「だって、ワタシ、一度もリモコンを触ったことがないんだよ」と、半ば叫ぶように訴えてくる。

「ちゃんねるけんとは何?」

どうどうと暴れ馬をなだめる彼から遠く、平穏な入り口付近にて、本棚から降りてきているゆりが問うている。未来が見える能力で黒蝶堂を先導する彼女であるが、反面、カタカナ用語には滅法弱い。彼女の隣人であるしろが、深刻そうに応じる。

「むなしくも終わりのない戦いの引き金になる、恐ろしい権利ですよ。」

太古の昔から、人間たちは権利のために戦ってきたんですと、革命参加者のように重々しい口振りをする余裕すらある。一方、ぼさぼさになった髪を指でとかす程には正気に戻ってきた彼女が、改めて婚姻届けを指した。

「この紙で、どうやったら彼とTVが結婚できるか考えて。」

すごむと迫力があるのは、整った顔立ちだからであろうか?はちは、そんなの両者の合意と判子があれば十分だ・・・とまで考え、

「・・・彼と”ティーヴィー"が、なんスか?」

「結婚!ペラペラの用紙で人生を縛るの!」

思わず問いかけた。正気か、まさか、そんなバカな。喉までこみ上げた言葉を

「彼氏さんとの結婚は、考えてないのですか?」

いつの間に接近してきていたのか。会話に割って入ってきたしろの問いが、被さって打ち消した。

「もしもTVさんと結婚してしまったら、妻の座布団が埋まると思うんですけど、重婚の扱いになるのでしょうか。そうすると、彼氏さんは結婚詐欺で捕まってしまうかもですか」と、電波的発想を客である彼女にさえ、遠慮なく披露した。はちはため息を吐き、

「座布団じゃなくて”座”だろうが。」

埋まるも何も、TVじゃ無理だろと、小声で耳打ちする。
彼女はうつむく。両腿の脇で拳に力を込め、

「いっそTVと一緒になればって、これを突きつけてやりたいの。」

声は、かすかに震えていた。沈黙が、通り過ぎていく。

「・・・こんなもん、どこから持ってきたんスか。」

はちが場を繋いだ。

「リモコンの下にあったよ。」

引き出しの中、なぜか存在していたリモコンの下に、婚姻届けは小さく折り畳まれていた。今まで一度も触らせてもらえなかったリモコンを、ついぞ手に取った。しかし、TVを点けてみようとスイッチを押すも、反応がない。彼以外が触っても意味がないように、指紋認証でも設定しているのだろうかと考えつつ、リモコンをひっくり返したり、ふってみたりしていたところ、帰宅した彼に見つかった。赤くなったり青くなったりした彼は無言でそれを奪い、「ちょっと出てくる」と言って、まだ帰ってきていない。
目尻と鼻頭の染まった彼女は、ぐしゃりと書類を握った。

だが、弱っているのは彼女以上に、当の堂長である。慰めればいいのか、協力を願い出るべきなのか、いや、めんどうくせぇから放っておこうか。様々な思いが胸に去来して、

「・・・よくわからねぇ話っスね」

当たり障りのない発言に止まってしまうのはいつものことである。

「僕は、よくわかりましたよ」

客とはちとが、期待に満ちた眼と、呆れ顔一歩手前の眼で同時にしろを見やる。人差し指を立てつつ、しろは

「思いは、はっきり伝えるべきですよ!」

彼氏さんも、貴女もです!と、力の入った蒼い瞳で、彼女を鼓舞した。彼女は

「・・・わかった。」

「え、なにがわかったんスか?」

はちの戸惑いをよそに、

「ワタシ、がんばってみる!」

しろの勢いに押されたのか、胸の前でぐっと両拳を握ってガッツポーズを取る。闘志が芽生えたのか、瞳が爛々と輝いている。無造作に放られていた婚姻届けを颯爽とさらい、ハイヒールをかつかつと鳴らして、黒蝶堂を出ていった。「・・・いったい、何だってんだ」とはちが嘆けば、「現実を組み合わせれば、答えは一つね」ゆりが助言をした。

3日後、あるタレントの結婚が報じられた。
彼女の纏う、にこやかで人当たりの良さそうな雰囲気に、はちはしろに知らされるまで全く彼女が”あの”チャンネル権の彼女と同一視できなかったほどである。「なんでカタコトで喋ってんだ」この間は普通に話してたのによと、番組につっこみをいれてしまう。
 
囲み取材を受けている彼女に、リポーターがマイクを向けた。

「プロポーズの言葉は?」

すると彼女は饒舌に答えた。

家出していた彼が戻ってきて、すぐに問いつめたの。それで、リモコンを奪い取って確認したら、驚いちゃった。

「リモコンが、なにか?」

「『指輪を入れてたなんて考えられない!』って頬を軽くパシッと」柔らかい口振りの告白は、聞き手を置き去りにする。「勢いに任せて指輪を買ったはいいけど、なかなか決心が付かなかったみたいで、一度バレそうになったとき、とっさに隠した、って」

そこで、ワタシは言ってやったの。

「これ以上待たせるなら、今度はワタシが、貴方をここに押し込んであげる」って。

呆気にとられたリポーターが目を点にしている。中継は強引に切られた。スタジオに画面が切り替わるが、誰も質問をすることができずに一人の「独特ですね」の声にそれとなく頷いて彼女は評された。

はちは、リモコンに手を伸ばし、電源ボタンを押す。
そして、

「・・・結局、のろけかよ!」

「消さないでください!」

思いの丈を発した。そんな彼の手から、リモコンを奪い取り再度電源を入れるしろなのである。更にはちが電源を切るものだから、ここでもまた、むなしい争いが始まろうとしていた。


【了】

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テーマ : オリジナル小説
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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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