【小話】黒褐色の遺物【更新】

【黒褐色の遺物】

「気持ちを伝えられない言語など、話す意味がないだろう。」

「・・・同じ言葉を使うからと言って、意志疎通が完璧にできるわけではないっスけどね。」

むしろ伝わらないことばかりだと、はちは肘を突き顎をのせて余所を向く。

このやりとりより数分前のこと、はちは席を立ち、堂の入口へと歩を進めていた。鍵はかけていないはずだがと訝りつつ、コンコンと叩かれる引き戸に手をかける。姿を現した作業着姿の客人は、「黒蝶堂さんですか?」と尋ねてきた。

「・・・そうっスけど?」

怪しむ声音には理由がある。客の隣に、彼より頭一つ分小さい、季節はずれの厚手のコートを羽織っている老爺が、体の半分を彼の陰で隠すようにして、珍しいものをみるかのように、目をいっぱいに開いているのだ。体は細く節くれだっているのに、目だけが幼子のように好奇心に満ちあふれている。「突然すみません」作業着の若者は15度傾斜で頭を下げ、黒蝶堂に足を踏み入れた。

「私は、絶えゆくものを記録するのが仕事でして」

堂長席の前に立ち、客人はこう切り出した。

「今度無くなるのは、こちらの方が村長を務められている村です。」

そう言いつつ、隣の老人の肩に手を置く。老人は笑うでも怒りを露わにするでもなく、突然手を置かれた事実に驚いているようで、心配そうに客を見上げた。

「・・・あの、ちょっといいっスか?」

はちは小さく手を挙げつつ、「村が無くなるってのは、市町村の合併のような?」と疑問を投げる。すると「いいえ」と、首を素早く左右に振り、客は答えた。

「地図上から、まるっと無くなります。」

どこかに取り込まれるのではなく、「無くなる」のだと客は言う。

「『絶える』が、一番一般的な表現に近いかと思います。」

はちは首をひねり、

「・・・村というなら、村人がいるんスよね?」

質問を変えてみた。

「えぇ、少し前までは。」

「・・・少し前まで?」

彼は、懐からA4の罫紙の束を取り出した。そして、静かではあるがよく通る声で、読み上げ始めた。村の成り立ちから発展、人口の増加を経て有数の村として、周囲の村から特産物やら貢ぎ物を集めるまでに成長した。

「しかし」

客は強調するでもなく、眉一つ動かさず続ける。

ある旅行会社が営業を始めたところ、かつてない好評を博し、村人は外の世界へと流出していき、ついぞ残ったのは村長の一家だけになってしまった。そして、退廃した村での生き残りは、彼一人となってしまった。

「一般の世間的には信じられないことですが、黒蝶堂さんなら、ご理解いただけるかと。」

あぁ、こんな時にしろがいれば。

人知れず嘆くはちである。こんなでたらめな話につき合えるとしたら、彼をおいてほかに適任者はいないと言うのに。面と向かって反論するのも気が引けるため、はちは話をそらすことにした。

「・・・それで、これは?」

客人が持ってきた書物をあらため始めた。立派すぎると言ってもいい、頑丈で高級感のある装丁の、分厚い調査報告書だ。「村史です」うちの会社への報告用とは別に、予備にもう一冊作りましたので。「なんで、うちに?」戸惑うはちに客は言う。「こんな仕事をしてると、どこかにないかなと探したくなるんですよ」

「どこかにないかな、っスか?」

「無くならないものが、どこかに必ずあるはずだと。」

「・・・よくはわかんねぇっスけど。」

はちは率直に告げる。ここに置くだけでよければ、あずからせてもらいます、と。堂長の答えを若者が老人に伝える。呼気の多く混じる、聞き覚えはないがリズムのよい言語に、はちは彼の話がまんざら冗談ではないのかもしれないな、いたずらならばやけに手が込んだ話だなと思い始めるのであった。
すると村長はコートの内側から次々と、ずいぶんと簡略化された地図、村の掟らしき教えの書かれた巻物、動物を異様なほど歪めた土産品などなどを取り出しては堂長席に所狭しと並べた。足下すらも埋め尽くすその荷物に、

「・・・うちは、本屋なんで。」

堂長は本だけで十分だと、拾い上げては老爺に差し出し、懐に再度押し込むように片づけさせた。

彼らが堂を後にして、はちは彼らの置きみやげを順繰りにめくる。挿し絵がところどころに施された、やはり見たことのない文字の羅列である。あの作業着がこれを書いたのだろうか?だとしたら、解説書もつけるべきだろう。これでは売れないだろうなと、案じていたところ、

「ただいまですよー」

間延びした声が堂内に響いた。買い出しに出かけていたしろが帰ってきたようだ。「遅かったじゃねぇか」妙な客がきてたんだよ、お前と話の合いそうな。喉まででかかった言葉は、バトンを奪われた。

「おい、それはなんだ?」

「タダだったんですよ!」

しろが買い物袋と一緒に腕に下げていたのは、先ほど堂内から持ち去らせたはずの、巻物であったり地図であったり人形であったりであった。「そこで会った人が、「よかったらどうぞ」と、くれたんです」「ちなみに、その優しい奴とは言葉が通じたのか?」はちが問えば、「言葉など、ささやかな壁です。通じてほしいと思う気持ちの前には、あってないようなものです!」と両の拳を軽く握って笑んだ。

「それにタダより高いものはない!と言うでしょう!」

「・・・タダでも、いらねぇもんは、いらねぇだろうが。」

宝だって持ち腐れるんだぞと、呆れるはちに、「これは宝物ではないですよ?」と、きょとんとするしろである。

「・・・どっかの村の、遺された宝かもしれねぇだろ」

「お!はちがそんな事を言うなんて珍しいですね!」

ほら、みてみろ。

はちは誰に言うのでもなく嘆く。やはり、言葉が同じだからと言って、意味が通じているかどうかは別問題だ、と。


【了】

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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