【小話】さえざえとした夜 1 【更新】

【さえざえとした夜 1 】

夜な夜な聞こえてくる雑音に、はちは今宵も目を覚ました。金属片が散らばるような不協和音が、鼓膜を痛めつける。布団をよけ、上体を起こし、カーテンを両サイドに等分し窓を開けると、ヒンヤリとした風が室内に吹き込んだ。点在する家屋は、人の居住する事実を隠すかのように息を潜めている。暗い空に、また一つの音節が流れた。それは、ピアノとギターと何か・・・何だろうかと、音楽に疎い彼は思う。楽器も音符も詳しくは分からないが、披露すべき音でないことはわかる。音が中途で途切れた。はちは目を閉じ、ついで窓を閉じる。

――どこの誰が、こんな真夜中に楽器の練習なんざしてるんだ?

ため息をつき寝床に戻ると、掛け布団を頭の上まで引き上げた。

「寝不足ですか?」

朝、ぼさぼさの髪のまま食卓へ座った彼に、食器を並べるしろは楽しげに語りかけた。

「・・・最近、うるせぇだろ」

眠れたもんじゃねぇよと、一拍遅れ、赤い目で小さく吐き捨てるはちに、しろは青い瞳をパチクリとさせる。

「心地よい曲調ですよね?」

「…え?」

はちは眉を顰める。
問いただすと、彼はここ最近、川のせせらぎのように穏やかな音楽が聞こえる、と、右の人差し指を立てた。同じところに住んでいて、同じ時間帯に眠っているのに、この感覚の違いは何だ?はちは箸を持つ右手で、こめかみを強く押さえた。

はちは外界から有益な情報が得られないかと考え、来堂者にそれとなく話題を振ることにした。目的はただ一つ、尊い安眠を取り戻すためだ。
しかし、数少ない客人らは一様に首を横に振る。反応はそれぞれだが、皆が「聞こえた事はない」旨を、堂長に告げた。
中には、

「深夜の演奏など迷惑きわまりないのだから、仮に騒ぎになれば、すぐに問題になるのではないか?」

と、街の平和を案じる高尚な者もおり、「確かにその通りだな。」と納得すらしてしまうザマである。それでも音は毎晩鳴り続け、彼は慢性的な睡眠不足に陥っていった。
そんなこんなで、中途半端な時間に目が冴え、忌々しい日の出を拝んだ朝、はちは黒蝶堂の郵便受けに投函されていた、封筒の口を千切った。薄い紙切れが入っており、それには話があるという文面と、待ち合わせの場所及び時間の書かれた地図が同封されていた。差出人の名は無く、彼は少しの時間だけ勘繰ると、それを堂長席の引き出しに押し込んだ。
と言うのも、はちの記憶が遡れる範囲においても、黒蝶堂では謎解きのパズルがガラス戸に貼られていたり、”殺人事件の犯人を探せ”という架空の文書が送り付けられたりすることがたびたびあった。下手人の目的は不明だが、おそらくこれも、性質の悪い悪戯に違いないと、はちは仕舞いこんだ瞬間に手紙の事を忘れた。
すると、次の日も、次の週も毎日同じ内容の手紙が黒蝶堂に届いた。「一度だけでもお会いしたい」とワープロ字で付け足されている事もあり、あくびが止まらないはちは、憂鬱な気分を持て余し、手紙を乱暴な手つきで堂長席に投げた。
その時、

「これはなんですか?」

背後から青い目の白い青年がぬっと顔を出した。この件を伝えれば、ただの悪戯であるのに、真に受けて首を突っ込みたがるに違いないと、今まで手紙が届いていた事すら明かしていなかった相手である。はちにとって、この世で一番、この件を知られたくない人物と言ってもよかった。あくびをかみ殺していて反応の遅れたはちが、しろの手から手紙を取り上げようとするも、時はすでに遅く、しろは、好奇心と疑念に満ちていた目を、眩しい笑みに変えた。時計を見上げると、すぐに手紙を握りしめ、はちを連れて黒蝶堂を抜け出した。寒空に晒され、引き摺られるはちは、くしゃみを一つし、身を震わせた。

「・・・怪奇現象?」

「声が大きいです。お静かに。」

彼らは同封されていた地図に従い、遙光の街のメインストリートに面するビルの2階、とある喫茶室に入った。初老の男性店員が、角のテーブル席に彼らを案内する。昼時であるが橙の豆電球の灯る店内に客はなく、クラシックがゆらゆらと滞留している。テーブルには予約席と表記された札が置かれており、それを回収した店員は「ごゆっくり」と、店の奥へ戻っていった。ちょうどその時、彼と擦れ違った者があった。入口のチャイムを鳴らす、ハンチングハットを目深にかぶり、厚いダッフルコートを羽織った、物々しい大男だ。彼は

「黒蝶堂さん。これは、内密の話です」

黒白の前に座ると同時、彼らの身元も確認せず、自らを名乗りもせず、低く静かな声音で口火を切った。

「最初にお約束願いたいのですが、請け負っていただくかどうかにかかわらず、この依頼に関しては、他言は無用にしていただきたいのです。宜しいですね?」

「・・・依頼、っスか?」

隣ではしろが、

「一番の紅茶を、ミルクを少しで。」

ウエイターに愛想よく頼んでいる。はちは彼の横腹を肘で突く。壁に掛かったメニューの、銘柄や風味や産地よりも先に、価格に目が釘づけになったからだ。二度見どころか、少なくとも三度は表記を目でなぞった。だが、間も無く白い紅茶のポットと、真っ黒く香り立つ珈琲が、行儀よく並べられた。

「宜しいですね、では・・・」

帽子の大男は黒い液体を一瞥し、すぐに視線を彼らに戻すと、机上で手を組んだ。

「知っていますか?」

口にしたのは、あるデパートの名前だ。はちは

「知らない人なんざ、この街にはいないんじゃないっスかね?」

と応じる。遙光の街でも老舗中の老舗、鹿々苑(かがぞの)百貨店のことである。はちは沈黙をもって話を促す。しろはと言うと、ポットを傾け、ふわりと広がる茶葉の香りを楽しんでいる。

男は事情を説明し始めた。夜、薄暗い廊下を巡回していた警備員が聞いた、姿の見えない女性の啜り泣き。担当者が幾度となくチェックしても揃わない、プレイランドに入場した幼児と、もぎったチケットの枚数。休憩中のアルバイトが聞いた、誰もいない洗面室での断続的な水流音。客からの苦情である、地面が揺れ、棚が倒れてくる幻覚。家具売場にて、鏡の中から現れる自分と同じ顔の人間。業者から冗談交じりに聞いた、エレベータ点検中に起こる、特定の階しか選べない故障など。鹿々苑百貨店においてここ最近、不可解な現象が次々と発生し、後を絶たないという。
それを解決してほしい、それも、他者に助けを求めず、公表することもなく、内々で済ませることができるかと、男は声を更に絞った。はちが、その理由を問う。男は答える。

「平たく言えば」

「オカルトに手を染めたと噂が立てば、お店の評判がどうなるものか知れた事じゃない、ということですね。」

白い地色に青の細い幾何学模様で彩られた、アンティーク調のカップを鑑定していたしろが、会話に割り入った。突飛な思考回路は、独自の結論に辿り着き、

「おもしろそうじゃないですか!」

と、青い瞳で雄弁に語った。ように、はちには思えた。はちは思考を切り替える。きっかけは何であれ、これは反撃のチャンスかもしれないと、はちは彼の指摘を逆手に継ぐ。

「・・・そういうことは、頼まれても困るんスけど。」

ただの古書店にすぎない黒蝶堂である。だから、そもそも客人と、書物以外の事で依頼するされるの関係になれるわけがない。

「そうですか。」

男はトーンを落とす。理解してもらえたようだと、はちは安堵した。だが、男は右手を口元に添え、身を乗り出して口寄せしてきた。

「楽器屋をご存じですか?夜な夜な楽器が動き出しているという噂があって。」

中には、成仏できなかった幽霊たちが合奏しているなんていう店員もいる始末で。いやはや、ありえませんが。
彼の洩らした本音は、はちの耳には届いていなかった。殴られたかのような衝撃を受けた彼は、くらくらする頭で理論を構築しようと試みる。仮にその話が真実だとしたら、自分の睡眠を妨げている現象そのものではないか。謎を解いてしまえば、自分の安眠が再び得られるのではないか。尋ねたいことが喉までこみ上げるが、眉をぴくりと動かして衝動を抑える。これ以上、深入りしてはいけないと、心が警鐘を鳴らしているからだ。男は続ける。

「過去の火災の時も黒蝶堂さんに頼ったと、先代が申しておりました。どうか、今回もお力添えを・・・」

音楽に支配された脳から話に戻るため、はちは頬を叩き、”火災”の記憶を探す。だが、検索の成果は無かった。祖父の道楽の延長が黒蝶堂であるから、ずいぶん昔の話なのかもしれないなと諦め、珈琲に口を付けた。非常に苦い。カップを置き、腕を組み、黙り込んで言葉を探す。無論、断りのフレーズを。
しかし、

「調査に伺いましょう。」

「よろしくお願いします。」

しろの了承に、男は深々とかぶっていた帽子をとり、つむじが見える位に頭を下げた。

「いや・・・だから」

もはや率直かつ正直に「願われても困るんスよ」と、言うほか道は無い。テーブルの下、しろの足を蹴るはちが心を決めた所、視界から男が消えていた。被っていた帽子がテーブルに落ちた。帽子を手に、ひっくり返してみるしろが不思議がる。古びた帽子に変わりはない。男が小さくなって帽子に吸い込まれたとしか説明がつかない程、唐突な消失であった。茫然とした彼らの間に、沈黙が通り過ぎる。数分経てど、厨房で食器を洗っている気配がするだけだ。「仕方ない、一度帰ろう」と、はちは伝票を開き、目を見開いた。無言で立ち上がると椅子も戻さず勘定場へ進む。領収書を懐深くに仕舞い、黒蝶堂へ戻った。


【続】
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テーマ : オリジナル小説
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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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