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【小話】さえざえとした夜 2【更新】

【さえざえとした夜 2 】(1はこちら


夜、他所の建物に侵入するという行為が、自分の人生で起こるとは、予想だにしていなかった。モダンで巨大な建築物に見下ろされているようだと、ますます気が滅入るはちである。

相談を受けてから間もない今日、時刻は午後十時、黒蝶堂は、百貨店の近傍を進み出した。歓楽街からの酩酊者の叫びと、野良犬の遠吠えが騒がしいが、今宵の音楽は、まだない。今夜こそは眠れそうなのだが、請け負ってしまった以上は、取り組まなければならない。

――しかし、自分達に一体何が出来るというのか?

悶々と考えるはちの足先が、堅い物体を蹴り飛ばした。倒れたのは暗くて良くは見えないが、石か岩かで出来ている、膝下くらいの高さのずんぐりとした物だ。しろが抱え起こして建物に寄りかからせる。
「岩だ、あれは、ただのオブジェだ。」はちは額の汗を拭う。決して男の提供してきた、“火災”の記憶とは一切関係のない物だ。おそらく、地蔵に見えるのも気のせいだろう。

通りに面した堅固で要塞を彷彿とさせる手動ドアは、地に刺さる檻のごときシャッターで封鎖されていた。侵入者を阻むためか、店内の化物を外に出さないようにするためか、もちろん前者だろうと、はちはシャッターの降ろされていない箇所の扉に触れた。押してみるが、びくともしない。全体重をかけるが開く様子は無い。困ったなと頬を掻くはちの横に、突如、一人の男が現れた。警備員の制服を纏った男は鍵を差し込み、扉を押して彼らを先導した。はちは驚きつつも軽く会釈をし、寡黙な警備員の前を通り過ぎた。

――彼によって扉は再び閉められ、鍵が外側から掛けられた事にも気がつかずに。

薄ぼんやりとした緑色の光に照らされたフロアは、化粧品の匂いが充満していた。各ブランドの混ざり合う匂いに、はちは思わず顔をしかめる。視野が限られている分、鼻が利くようになっているのだろうか。懐中電灯を片手に歩くはちの隣、

「冒険みたいでわくわくしますね!」

スキップをするしろが、テナントを一軒ごとに覗いている。

「…緊張感のねぇやつだな。」

はちは呆れ、思索に戻った。

闖入者、というよりは不審者の2人組が隠れもせず正面切って侵入したというのに、警報も鳴らず警備員も来ない。

どうやら依頼主の話は、「本当の」依頼だったようだ。ここまでくると、単なる悪戯ではないと、信じざるを得ない。今の状況も、依頼主の計らいだろう。彼は調査に全面的に協力するため、あちこちに話を通しておくと言っていた。

はちは心を決める。

――とにかく、この店で起こっている事象を、自分の目で確かめる必要がある、と。

男から聞かされた話は、どれも真実とは思えなかったからだ。内心、「バカなことを」と一蹴していた。
一応、現状は確認しておかなければならないだろうと、店にやってきたのであった。

はちはやれやれと首を振り、眼鏡のブリッヂを押し上げた。

その時、レンズが人型を捉えた。

心臓が早鐘を打つ。
足を止め、息を吸い込み、目を凝らす。

エスカレータの横、備え付けのベンチに、詰襟の、軍服じみた服装の人間が座っていた。人影は、緩慢とした動作でベンチから降り、足先を彼らに向ける。先程の警備会社の制服を着ている上背は、はちの半分程しかなく、辺りが暗いため、顔ははっきりとは見えない。しろは戸惑う事無く尋ねる。

「僕たち、ここに眠る浪漫を探しにきてるんです。」

「違う、珈琲代を払ってもらうためだ。…妙なことが起きていないか?」

「なんともないよ。」

返る声は、あどけないものであった。人影は距離を詰めてくる。天井に点けられた非常灯も、声の主の顔を照らす程には明るくない。

「だから、早く帰りなよ。」

「あなたは、どうしてここに?」

もしかして、僕たちが仲間にすべきパーティの一員なのでは?
好意的に近づくしろとは対照的に、はちは足を止めたままだ。

彼は思い返す。

数日前、黒蝶堂にかかってきた電話による男の話だと、調査当日の閉店後、鹿々苑百貨店内には誰も配置しないと言う話だったはずだ。それは、いかなる例外をも含まないという約束だった。それに、問いの「妙な事」とは今まさに、“侵入者を目撃した事件”になるはずだ。

しかし、声は「早く帰れ」と言う。

導き出される結論は一つだ。

目の前で先ほどの警備員と同じ、警備会社の小柄な人間は、協力者ではありえない。
むしろ、

「・・・本物の、泥棒ってか?」

「なんでもいいでしょ。些細きわまりないって感じ?」

含み笑いをした対峙者は、腕を振りあげ、指を宙に舞わせた。
すると動く物一つなかったフロアの空気が、にわかに振動し始めた。

「なな、なんだ?」

はちの頬を、鋭い風が裂いていった。顔に赤が走る。白い袖が、濃い橙に染まる。蛍光の緑が、色の付着した部分を鮮やかに浮かび上がらせる。本能的に姿勢を低くし、飛び交うものたちを仰ぎ見る。棒状の、手を広げて親指と人差し指の間に挟めるほどの長さで、先端が光沢を帯び、地面擦れ擦れを低空飛行する。反射的に目を瞑ると、片側のレンズが染まった。各区画から次々と現れては、床や壁やらを汚していく。

「口紅ですよ!」

前方から声が飛んできた。同じく伏せた体勢のしろが、その一つを掴んでいた。
ベンチの上に陣取る子どもが指を彼らに向けると、風の束が彼らに強く吹き付けた。フロアの奥、口紅が宙に列をなし、魚の大群のように巨大な塊を形成している。照明に照らされるむき出しのそれらは、人を彩る姿を消し、本来の狂気を彼らに焼きつける。

「それいけ!」

声の主が、腕を振り下ろした。口紅達は一斉に、投擲されたナイフのように一直線に飛んできた。

その時、先で身体を伏せるしろが後ろ手に指さすのを、はちの片側の目が確認した。
はちはその意を瞬時に読み取る。彼のカウントする指が0になったと同時に、左側へと体をねじらせ転がっていった。

転がる先にあるのは、百貨店の隅に設けられた、こじんまりとしたエレベータホールであった。強襲の波を越えた彼らは手を突いて立ち、駆け出す。後ろから、鋭い風が背中を押す。開いていたドアめがけて飛び込むと、足をもつれさせつつも、はちはエレベータの「閉」を強く連打する。薄い緑色のランプが点き、扉が徐々に閉まる。

「早く閉まりやがれ!」

はちが掌で強引に扉を閉める。視界の向こうに、飛んでくる口紅が切先を見せた。先頭の紅がホールに侵入するとその後ろ、大量に紅が続き、彼らの姿を確認すると、一斉に加速した。はちの鼻先まで紅が迫った時、やっと扉が閉まりきり、カツカツと、ドアに衝突し床に落下する凶器の音が、エレベータ内に響いた。

「地下が近道です。ダンジョンの基本です!」

電気の点いていない狭い空間の中、息を整えるのに必死なはちの隣で、しろは、うんうんと頷く。

「ボスは高いところにいますから、まずは地下に眠る宝箱をチェックしましょう!」

「…なんで宝箱に入ってんだろうな」

「まるで先の冒険者さんが、サービスしてくれたみたいですね。」

「出発する前に、必須アイテムくらいくれればいいのによ。」

はちはそう言うと、しろの背中にあるリュックサックを訝しげに見た。軽口をたたかなければ、現状に心が追いついていない事実を、受け入れてしまいそうでもあった。

――そもそも閉店後に、エレベータは作動するのか?

はちがその疑問に辿り着くまで、10分はかかった。

リュックから取り出した、持参した握り飯を食べ、温かい茶を飲んだ。
食休みを兼ねて、はちは考察する。

確かに、この店は異常事態に陥っている。だからといって、お祓いじみたことができたり、札を貼ったり、呪文を唱えたりなど、できるわけがない。自らが巻き込まれるトラブルは総じて、黒蝶堂という看板に期待した、他者からの要望に起因している。出来ることといえば、様子を見、情報を仕入れ、依頼してきた者に報告すること位であろう。

なぜ行動しなければならないのか。なぜ黒蝶堂に依頼してくるのか、他でもないはちが一番疑問に思っている。

――以前、自分そっくりの奴に遭遇したな。

腹ごしらえをしたはちに、いやな思い出がよぎった。レンズを服の袖で拭い紅を落とすと、しろに叱られた。

「シャツも色まみれなんだから今更だろ。」

と、力なく応じた。

外が静かになったのを確信して、彼らは立ち上がり、エレベータの上方、案内板に懐中電灯の明かりを照らした。百貨店内に出店している店名と傾向が、小さな文字で表記されている。とりあえず各階ごとに様子を見ようと、はちは地下1階のボタンを押した。が、応答はない。行きたくない気持ちが具現化してしまったのかと、今度は親指に力を込めて、押す。光りもせず、音も鳴らない。しろが側面のボタンに触れる。しかし、それでもエレベータはうんともすんとも言わない。「開」も応じない。しんと、ボックス内が静まり返った。

「・・・閉じこめられたんじゃねぇの?」

「お休み中に僕たちがどかどか入り込んだから、怒ったんですかね?」

彼らは言い惑う。力ずくで扉を開けようとするも、天の岩戸のようにかたい。「danger」と書かれた緊急時用ボタンも押しこんでみたが、返答は無く、押しこまれた状態のまま、元に戻らなくなってしまった。これも帽子の男の計らいだろう。彼のおかげで、外界との通信は完全に遮断されているようだ。
それに気がついたとき、はちの緊張の糸が切れた。自分が寝不足であることを思い出し、冷たい床板に誘われる。座って数分経った頃、「少しだけ休む」と、しろに伝える。睡眠不足がゆえに、まともな思考回路を失っていた。
瞼を閉じた瞬間、閉ざされた視界で白い光が破裂した。がばっと起きあがる。内部は暗いままだ。再び、うつらうつらと眠りに落ちようとすると、白い光が一層眩しく、一挙に広がった。

「はち、あれ!」

目を開くと、しろが指さす先、案内表示板が七色に明滅していた。途端、がくんと足場が崩れ、体が宙に浮いた。

臀部を強打した。ぐうと喉奥がうめく。同時に、ティンと軽やかな音とともに、扉が開いた


【続】

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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