【小話】さえざえとした夜3【更新】

【さえざえとした夜 3】(2はこちら

「地下に着いたみたいですね。」

臆することなく、フロアに足を踏み出すしろの後ろを、はちは追いすがる。
そこは1階と同じく、暗い世界が広がっており、カバーの掛けられた菓子屋のショーケースや土産屋の看板の輪郭が、ぼんやりと浮かび上がっている。

「宝箱はどこですかね?」

歌うしろの隣に、はちは腰をさすりさすり追いついた。暗闇にもずいぶん目が慣れてきたはちが目を凝らした時、

「泥棒なら容赦しない!」

突如、彼らを呼びとめる声が現れた。懐中電灯で声の方角を照らす。

「眩しい!やめろ、やめろ!」

はちは光を地に落とす。咄嗟に顔を伏せた声は、1階の狂気の子どもだ。警備員の制服ではなく、コートを羽織り、首周りをチェック模様のマフラーで巻き、タイトなパンツに編み上げのブーツを履いているのが、足元の非常灯の光に浮かび上がる。はちはぞっとした。先ほどの襲撃を思い出したから、だけではない。背中から上ってくる寒気に体温を奪われていたからだ。ひどく冷たい風が吹き荒ぶ。子どもは指を振る。

「服を脱ぎ、奪った物を床に並べ、王女に祈れ。命だけは助けてやる!」

言い終えると、辺り一面は灰色の雲で覆われていた。急激に体温が奪われていく。室内であるのに、ちらちらと、雪が舞い散っている。店の備品や壁のポスターや置物、休憩用のイスやらの端々に、薄い氷が張り始めている。足先から足首が凍りつき、床に磔にされ、あっという間に身動きがとれなくなった。

「はち、眠ってはダメですよ!」

しろの声が遠くに聞こえる。

――眠ってねぇよ眠りてぇけどよ。

手放しそうになる意識は、これが現実であることを認めていないようだ。朦朧としている彼は、背中に熱いなにかを感じた。はっと意識を取り戻し、周囲の様子を窺う。辺りは猛吹雪で、1メートル先も見えないほど、けぶっている。白く霞む視界、その向こうから、なにかがやってくる。猛進してくるそれが買い物用のカートだとわかった瞬間、手を取られた。カートの車輪がぶつかり、足元の氷が割れた。彼らは駆けだす。地を蹴りあげると、カートに荷物よろしく乗り上げる。降りつもった雪をものともせず、カートは滑る。しろが体重を左右に移動させて、ハンドルのかわりに方向を定める。はちは、彼の体に必死でしがみつく。レジを越え、締まりゆく防火用のシャッターをくぐる。ホールに戻ってくると、カートを乗り捨て、口を開けたエレベータに転がり込んだ。

エレベータは、すぐに動きだし、すぐに止まった。
表示は、2階だ。
扉が開き、彼らは勢い良くはじき出された。背中に感じた熱いものに手をやる。はぎ取った接着面の裏側には、「ほっかほかほかほかほっ懐炉」と書かれていた。

「・・・”いろ”は勘弁だっての」

震え声で言い、はちは暖かなそれをしろに戻す。しろは笑って、

「絶大な効果でしたね!」

と、リュックサックに投げ込んだ。

2階は婦人と子どものためのブティックが軒を連ねるフロアだ。どちらからともなく、彼らは暗がりを歩きだした。
広い通路を中心線に、両サイドに店が並ぶ。2人分の足音が響く。はちが、足を止める。

「どうかしたんですか?」

しろは、懐中電灯で道筋を照らすはちに問う。

「・・・変じゃねぇか?」

しろはじっと目を凝らす。そして気がついた。
目線の先に続くどのテナントも、ひどく散らかっている。商品の服が、まるで脱ぎ散らかしたかのように、折り重なって、あるものはカーペットの上に、あるものは作りもののタンスからはみ出た状態で。棚の上は、小動物が走り抜けた形跡がある。

「これは、片づけが苦手な方の部屋を展示しているみたいですね」

しろは、腕を組むはちの隣で、直近の衣服をたたみ始めた。

「おい、むやみに触るんじゃねぇよ。」

注意するはちの耳が、第三者の音を拾った。かつん、かつんと、廊下の奥より、音が聞こえてくる。1階の子どもが、追ってきたのだろうか?近場の、柱の陰にしろを引き連れ隠れる。音はだんだん大きくなっている。彼らは、一方は胸躍らせ、他方はそわそわと、音が通り過ぎるのを待った。

――背後に迫る存在にも気がつかずに。

目が覚めたとき、眠っていた事を知った。
目を擦る。視界に広がる天井には穴が空き、そこからフードを被った人の顔が覗いている。表情は、暗くてよくは見えない。問わず語りに、眼下に向かって口を開く。

「運動不足だから運動させてるの。」

しろは上体を起こし、座ったまま、周囲を見渡した。少し離れた所に、はちが倒れている。気を失っているのだろう。彼の前には、丸みを帯びた体型の、ワンピースをまとった女性がいる。その横には、ランドセルに半袖半ズボンの少年が、さらに隣には、3つボタンにスーツに小高い帽子をかぶった、スレンダーな紳士がいる。3人は彼から離れ、子を中央に手を繋ぎ、近くのベンチに座った。遠目から見たら、幸せ家族に見えなくもないですねと、しろは微笑んだ。家族の向こう側には、サンダルをペタペタと鳴らす少女や、走りゆくスポーツウェア、忙しそうに歩きまわる作業着などが、思い思いに動き回っている。が、自分たちを囲う皆が、首より上のパーツを持っていないことに変わりは無かった。しろは、天を仰いだ。

「追い払わないといけないって思ってたけど、そんな様子じゃ不要だな。」

フードが、はちを一瞥する。しろも目をやり、やれやれと首を振る。

「お宝を手に入れるまでは帰れませんよ、それに、はちが眠れないと言ってますから。」

「今、眠っているじゃないか。」

「秘密を暴かなければ、お仕事が完了しません。」

報酬もいただかなければ。
しろは、話している内に「そうでした、そんな名分でした」と、思い出し笑いをした。この箱の中での事象を純粋に楽しみ、騒動の鎮静化などすっかり失念していた。
だから、

「君は恐ろしくないのか。怖くはないのか。」

下ってくる問いも、よく意味が分からなかった。試しに、ゆりの口癖を真似て、答えてみる。

「だって、僕は黒蝶堂の副長ですから。」

「やっちまえ。」

短く命じる声が降ってきた。
すると、今まで思い思いに時を過ごしていた人のカタチたちーーそれは、マネキンと言っても差し支えないがーーは、手に金属バットであったり、棒状の大きなキャンディだったり、巨大なバックルのついたベルトであったりをどこからか調達してきて、一斉に構えた。その頭数は、…いや、人数は、ざっと10は下らない。

「マネキンって、どうしてマネキンと言うのでしょう?」

しろは、湧いた疑問を口にしながら、上の階に行く方法を検討していた。彼らに囲まれて、逃げ場は無い。悩みつつ、何気なく隣を見た時、その答えが舞いこんできた。
気を失っていたはちが、隣に立っていた。汚れた眼鏡の奥の双眸に、妖しい光を湛えている。夢を見ているかのようにおぼろげで、それでいて彼にしては珍しく、力強く決意に満ちる鋭さを帯びている。彼は、鼻から息を吐き言う。

「これは錯覚と幻影だ、つまり、白昼夢ってやつだ。」

「今、夜ですよ。」

「別に、黒夜夢でもかまわねぇよ。」

彼は続ける。

「夢は無意識が見せる錯覚だ。つまり、気のせいだ。気のせいなら、無視したって現実には何の影響もねぇだろ?」

彼はそう言うと、頭部のない人影の脇を通り過ぎようと歩み出した。天井の子どもは取り乱し、

「恐ろしくないのか!」

激しい怒声をあげた。

「・・・だから、もうとっくに目が覚めたんだよ。夢の中にいるわけだから恐ろしくもねぇ。」

応じるはちの声は、ひどく静かだ。怒りでも高揚でもなく、研ぎすまされた理性の刃が、子どもに突き付けられる。

「目覚めたのに夢の中とは、妙な話ではないですか!」

「夢の中でもよく喋るな、お前は。」

笑うしろに、はちは肩を竦めた。動こうとしないマネキンたちに、しびれを切らした声が叱咤する。

「やれ、やっちゃえ!」

と、マネキンたちを捲し立てた。カタチたちはそれぞれの得物を振りかざし、彼ら2人に飛びかかった。白い土煙が、非常灯に照らされ姿を自在に変える。

天井の子どもは、頬を引き攣らせた。

自らの手札であるマネキンたちは折り重なって倒れ、その傍らに、肩の埃を払う堂長の姿を見て取ったからだ。

「これが夢なら、体も思いのままだろ?」

はちは恬淡と述べる。身を捩り、彼らを順に伸し、ついでに背後のしろに指示を与えて、マネキンたちの武器を払いのけた。

「危ないですよ。」

ベルトで他の武器を荷物のように一まとめにするしろは言う。
天井の影は乾いた笑い声をあげた。そして天井裏に顔を引っ込め、二度と現れなかった。微動だにしなくなったカタチたちと、黒蝶堂の人間たちは取り残された。

「さすが、夢の中だとひと味違いますね!」

「・・・夢が現実になったら、それこそ大変だろうが。」

大事なのは、夢ばっかみてねぇで、現実を受け入れるってことだろ。しろは、

「僕、はちならやってくれるって信じてましたよ。」

からからと笑って、

「こんな現実なら悪くないですね。」

と、先を行くはちに追随した。


【続】

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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