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【小話】さえざえとした夜4【更新】

【さえざえとした夜 4】 (3はこちら

目指すは上の階だ。
はちの記憶が蘇る。
鹿々苑百貨店には、エレベータホールから離れた場所に、非常時用の階段があったはずだ、と。
左右の足が交互に地を蹴り、体を前方に押し出す。軽やかな足取りで、はちは思う。

夢というのは、無茶をするにはとても適している。
そして、こうも思う。
夢にしちゃ、やけに頭が冴えている、と。

非常用の扉を押しやると、一層暗い階段室が、彼らを出迎えた。

3階へ着いたとき、はちの体に異変が生じた。まず、右足が稼働をやめた。棒と化し、関節が曲がらなくなった。続いて、右腕、そして腰がほぼ同時に強張り、金縛りにあったかのように止まった。悲鳴を上げるというよりも、沈黙を始めた、との表現が近い。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。」

腰を押さえつつ、その場でゆっくりと膝を折るはちに、

「トイレに行きたいです。」

しろは、眼前のフロアガイドを指さした。リュックサックをはちに押し付け、

「すぐに戻りますから!」

と、暗い通路を走って行ってしまった。手を伸ばす彼の事など、見向きもしなかった。

それから、すぐのこと。たった一人、身体を床に横たえていたはちの傍ら、しろへの目印代わりに天井を照らしていた懐中電灯の明かりが、不規則に点滅し始めた。光は弱々しくなり、ついに、うんともすんとも言わなくなった。辺りは、純度の高い暗闇に閉ざされた。針の一つ落ちる音のない、完全な静寂に、はちは両耳がのど奥に落ちてくる感覚に見舞われた。

そういえばと、はちは思い出す。

夏頃、この店のトイレに寄ったときの事だ。ドアがなくなり、トイレの個室にしては広すぎる空間に閉じこめられた。結果的に、空間を裂くことで事無きを得たのであったが、はちは身震いする。心細さを緩和するため、寝転がったままリュックをひっくり返し、替えの電池を探す。これは黒蝶堂を出立する前、未来が見えると仰る少女・ゆりに持たされた鞄だ。もしかしたら、この状況を打開する道具が入っているかもしれない。淡い期待がないわけではなかった。
しかし、探せど探せど、電池の予備は見当たらない。代わりに、サンドイッチの敷き詰められた容器が転がり出た。包みを開いたときに浮き上がる卵の匂いが、数時間前、機嫌良くゆで卵をすり潰すしろの姿を彷彿とさせる。腰を気にかけながら姿勢を変え、一口ほおばる。もう一口。流れに乗って、さらに一口、咀嚼を繰り返すはちに、

「一つよこせ。」

耳元で囁く者があった。はちは床より、3センチは飛び上がった。身を伏せ、草食動物のように様子を窺うが、声の主の姿はない。

「なにが知りたいの、うちの?」

線の細い声だけが、耳にまとわりつく。幻聴ではないようだ。

「おかしい事は、なんにもないよ。音楽が聞こえるなんて、疲れのせいだよ。君たちの所にもいるでしょ?」

「・・・ゆりを知ってるのか?」

はちは声へと問いかける。雲が晴れたのか、窓から差し込む月光がある。照射地点にあるのは、壁に掛けられた風景画だ。この階には複数の絵画や骨董品、美術品の専門店がしのぎを削っている。幼い声は、弾むように堂長へ迫る。

「ご友人だよ。王女の大切な。」

「・・・王女?」

透き通り、消え入りそうな声だが、輪郭を保ち、しっかりと届いてくる。

「なにもなかったってことで、帰ってもらえないかな?」

僕は、君たちと争いたくないんだよ。声は友好的であるが、発信源の表情は見えない。

「・・・なにもかもありすぎるだろ、ここは。」

はちは突っ込まざるを得ない。得体の知れない存在と話す事に、恐れは麻痺していたが、気が疲れていた。ふと、しろの様子が気になった。彼が消えて、もうだいぶ経つ。自分が心配するような事は無いだろうが、もしかしたら彼によって迷惑を被っている奴がいるかもしれない。そうなったら厄介だ。そう思った瞬間、はるか遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。幻聴だと指摘されれば、そうかもしれない。だが、聞こえてしまったものは仕方がない。リュックサックを再度漁ると、なんと、先ほどは見つけ切れなかった、電灯付きのヘルメットがあった。こんな大きなものを、どうしたら見落とせるのだろうかと、自分で自分が不思議に思える。被ると同時、電灯が点った。リュックの紐を肩に掛け、声の方へと走り出す。

足腰に気を配って走り去った彼を、声だけが追いかける。

「準備がいいね、堂長。だけど、普通の人の眼じゃこの闇は払えないよ。」

“壁に掛けられた”子どもは、手を3次元に伸ばす。サンドイッチを手に取ると、食事を始めた。残されたのは、食事を楽しむ、無邪気な子どもの構図だけとなった。

追いかけてくる声を聞いていたのかどうか、はちは迷っていた。頻繁に訪れるわけではないデパートだが、だいたいの順路は把握している。ブランドの社名は知らないが、どこを曲がれば洗面室か位は見当がつく。なのに、辿り着かない。間違いないと感じた道は、同じ景色に繋がり、同じ場所に戻ってきてしまう。人物画の並びに、置かれたレプリカの観葉植物、右前方へ湾曲する通路と交差するエスカレータへ続く道は、先ほど、どちらの方面へも通ったはずだ。
はちは頭が痛くなる。ヘルメットの光が、ゆらゆらと揺れる。今度はどちらを選ぶべきなのか。声はすでに途切れており、あてにはならない。百貨店内において遭難してしまったはちは、肌寒いフロアにたった一人でうずくまる。
なぜ迷っているのか、なにを迷っているのか、どうしてここにいるのか、ぎりぎりと締め付けてくる頭痛が視野も思考も狭めていく。疑問が次々と湧き出でて、喉が渇き、息苦しい。ゴールはどこなのか、そもそもゴールなんぞあるのか、似たような景色の中で、さまよい続ける苦しみに、頭が割れそうであった。

突如として鳴り響く警報音のけたたましさと、冷たい感覚に苛まれた時、はちはすでに濡れていた。泣いていた、のではない。位置が悪かった。スプリンクラーの真下に立ち尽くしていた。我に返った頃には、顔から足先まで、びしょ濡れであった。数メートル先にも、同様のスプリンクラーが作動している。そこから霧状に大量の水が噴き出でている。ぼうと見ていると、その水滴は地に着く頃には少年の形となり、形作られた長靴ができあがったばかりの体を支える。赤と青のゴーグルの両目がはちを捉え、

「ななな、なんでここに?」

わなわなと震える指先を、はちへ向けた。
数年来の親友に偶然再会した時でさえ、出会い頭に人と衝突しそうになった時でさえ、これ以上の動揺は、されないだろう。意表を突かれたはちは、かえって冷静さを取り戻した。

「・・・てめぇこそ、なんでここにいるんだ?」

彼は唇を尖らせ答える。

「僕は隊長を探しているだけだ。においでわかるだろ?」

「・・・におい?」

煙草のか?体臭か?少年・カコは違うと首を振り、

「迷ってるほど、人生永くないと思うけど。」

小さく言い捨て、長靴を右へ向けた。キュッキュッと、靴底が床をしっかりと掴む。音が止まったとき、カコは堂長の上のスプリンクラーを見上げて、指を回した。蛇口をひねるように、降水が止まった。そのまま歩き出す彼の後を、はちは追った。彼の探し者に遭うのは・・・もとい、会うのは気が進まなかったが、それがこの迷路を抜ける唯一の方法であるならば背に腹は代えられないと、髪の毛を絞った。
道は一本道であった。選択肢も無く彼の後について行くしかなかったはちは、拍子抜けした。なにを迷っていたのか分からない程に、カコは鼻をひくつかせ、あっさりと目的地に到達した。
ここのスプリンクラーは、まだ作動していた。カコが指を回すと、最後の雨は完全に上がった。彼らは、洗面室の入り口、屋根のある休憩用のソファに腰掛けていた。はちの探し人は、はちの姿を認めると

「遅かったですね。」

手をひらひらと振って、首を傾げた。

「どうしてそんなにびしょ濡れなんですか?ハンカチを持ってないのですか?」

「・・・それは隣の奴に理由があるだろ」

はちの指摘に、スプリンクラーを作動させた原因を指に挟んだ男は、黒い煙を吐いた。

「”奴”とはとんだ挨拶だな、堂長。」

はちの背後の壁から細い煙が昇っていた。小さな穴には、銃弾のようなものがめり込んでいる、ようにも見えるが、いかんせん暗くてよく見えないから違うに決まっている。破裂音と閃光に、耳も目も塞げなかったはちは、彼の持つ物はピストルではないし、鉄砲であるはずがないと心に言い聞かせた。よく見えないのだから、判断できるわけがないと意思を強く持つ。

「・・・喫煙室が近くにあると思うんだがな」

と、足の指で地を掴んだ。

「そこから上に行ける。覚悟があるなら、先に行くんだなっ!」

カコの探し者である鬼桐は、黒い手袋の親指を突き出した。そこには上階に繋がるエスカレータがある。くわえ煙草をそのままに、黒い煙を吐き出しながら、彼はカコを伴い、来た道へと溶けていった。


【続】
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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