【小話】さえざえとした夜 6【更新】

【さえざえとした夜 6】(5はこちら

7階、はちたちには馴染みの場所があった。この階のレストランは、はちの祖父である伊織が存命中の頃から、しばしば訪れていた場所だ。柱の陰から、そろりと中を覗く。
すると、たった一つ、灯を置いたテーブル席で手を振る者がいた。客人の動きは、こっちへくるようにとのジェスチャーだ。きょろきょろと見渡すが、自分達以外に人はいない。身構えるはちが隣に視線を送れば、隣人は姿を消していた。

「ま、クリームソーダでも飲んで。」

「いただきます!」

椅子に腰かけたしろが、細長い匙を左手に取った。

「おい!」

「貴方はクレープでも食べて落ち着きぃよ。」

タンクトップ一枚に着替えた子どもは、メニューで顔を覆い、目だけを覗かせている。はちは1階から手を変え、品を変え、洋服も雰囲気も髪型も変えて追いかけてくる子どもに、もはや賞賛すら与えたい気分であった。

「急いでるんだよ、オレ達は。」

はちは、しろの首根っこを掴み、店から出た。しろは緑色のソーダ水を片手に、

「はちの分もありますよ!」

と、甘い匂いの柔らかい食物をはちの口に突っ込んだ。生クリームの控えめな甘さとイチゴの甘酸っぱい匂いが、口から鼻に抜ける。

「これは食い逃げになるのか?」

もぐもぐと口を動かし、隣でアイスを掬っているしろに問えば、

「必要経費ってことで申請すれば大丈夫ですよ!」

彼は笑顔で、レシートと財布を見せつけてきた。

「先払いしておきましたので!」

「・・・オレの財布じゃねぇか!」

泣き出しそうなはちは、即座にしろの手から財布を掻っ攫った。「毎度どうも」と手を振る子どもが、彼らの背中を見送った。

8階の催し場では、恒常的に数々のイベントが開催される。今は、一歩も進めぬ程、足下にまでがらくたの散乱に侵されていた。何もなかった4階とは対照的に、雑多に散らかっている。段ボールに入った荷物が、所狭しと積み上げられ、封のされていない箱から、冊子を束ねた紐の一部、ケトルの口、テーブルの足、季節外れの衣服の袖やらがはみ出して、忘れられた倉庫のようだ。段ボールの山の谷間に隘路を見つけ、物を掻きわけ歩んでいく。細い路地を越えたところで、はちはしろに呼び止められた。

「なんだよ。」

振り向きもせずに返すと、目の前を黄色の鬼が横断した。足を止め、同時に息を止める。桐のレリーフが光る帽子に、くわえ煙草の煙を漂わせる彼の眼光は金色に輝き、闇の中でも輝き、異様に鋭い。掌で口を押さえるはちとしろの前、彼の手にはいつのまにか、おなじみの短筒が握られていた。彼は構えると同時、迷うことなく一点を撃ち抜いた。彼の前方、段ボールの側面に穴が空き、硝煙の匂いが、たちどころに昇った。その匂いに意識の麻痺から脱却したはちは

「おい!誰か来たらどうするんだ!」

3階ではタイミングを逃した言葉を叫んだ。
鬼桐はギロリと目をぎょろつかせる。

「堂長がいるから、撃てるんだっ!」

「・・・は?」

次の瞬間、はちの眉間には銃口が突きつけられていた。

「今宵、この店での異変に騒ぎ立てる奴はいない。そうだろ!?」

「はち、あれを見てください!」

段ボールの大通りに、はちを押し出したしろが言う。両手をあげて降参の意を示していたはちは、視線だけを彼の指さす先に向けた。撃ち抜かれた壁の脇から、わっと人影が溢れだすのが見えた。1人2人…10を越えてからは数えるのをやめた。ごそごそと動く、似た背格好の子どもたちは、蜘蛛の子を散らすように、散り散りに逃げ出していった。唖然とするはちに言葉は無い。

「外れ、か」

鬼桐は呟き、煙草をくわえなおした。どかりとその場にあぐらをかく。緊張感から解放され、はちは息を吐いた。

「・・・てめぇは、どうしてここにいるんだ?」

この店で、何が起こっているのか、自分よりも彼の方がよく知っているに違いない。眼下の鬼桐が口元を歪めると、すでに煙草の吸い口がへしゃげているのを確認できた。彼は答える事無く、立ち去るだろう。
そう予想していたはちであったが、

「ここにいるのは、鹿々苑サヱ。」

鬼桐は窓から注ぐ月光の下、ぎらぎらと光る眼を動かして第三者の気配を探りつつ質問に答えた。手にはホルダーにしまわない凶器が握られたままで、口振りは極めて冷静である。

「騒音騒動が報告された。夜の合奏に中てられて気の違った輩が巷で暴れている。騒音の原因がここにある。」

「・・・騒音と騒動に因果関係が?」

よくわかんねぇなと、そっぽを向くはちに、鬼桐は続ける。

「原因を排除する方が、手間が省ける。」

しろが左手を挙げ、

「はいはい質問です!」

と割って入った。指される前から、彼は口を開く。

「このお店が原因なんですか?」

「店じゃない、ここの憑者だよ」

鬼桐の数歩後方、現れたゴーグルの少年が、会話に加わった。鬼桐は指に煙草を挟んで、天井に向けて吐く。

「厄介な存在だ。なかなか姿を現さないっ!」

「・・・1階から、しつこく追いかけられてるんだが。」

はちが眉を顰めれば、鬼桐は動くものすべての動きを止めてしまいそうな、体を標本として張り付けにする、針に等しい眼ではちを射抜いた。

「私は先へ行かせてもらうっ!」

彼は立ち上がり、短銃をしまう。
途端、フロア全体が大きく揺れ始めた。同時に、大音量が彼らの耳を劈いた。はちはその場に座り込み、耳を手で押さえ、揺れの収まるのを待つ。だが、揺れはやむことなく、音とともに、だんだんと強まっている。両サイドの段ボールの山が揺れ、むき出しのゴルフクラブが今にも落ちてきそうだ。ここは危険だと、はちが察知した時、彼はすでにたった一人になっていた。

揺れる視界の中、しろが遠くで手招きしている。

「・・・いつの間に?」

不審がりながらも、彼は耳を押さえ、不安定な足場に足を取られぬよう慎重に、段ボールの山から抜け出した。抜けた瞬間、背後で激しい金属音が鳴った。見ると、予想とは反対側の山から巨大なフライパンが落下していた。
身の危険はいつも、予測とは反対の方角からやってくる。
彼らと合流したはちは、エレベータホールへ走る。脇の非常扉を開け、階段を駆ける。更に奥、”立入禁止”の警告看板を脇に寄せる。辿りついた終点には、鋼製の重厚な扉に、大きな南京錠が掛けられていた。外から音の塊が、扉を”音圧”で外側から押さえつけている。はちは顔面から首筋から、手足の指先まで、鈍く痺れるのを感じた。焦燥感に似た、立ち止まることが出来ず、動き回りたくなる衝動に苛まれる。その場をうろうろと徘徊し、手持ちの鞄を覗く。しかし、鍵は入っていない。どうしたものかと案じていると、前を進んだ鬼桐が、顎でカコを追いやった。カコは身を堅くして頷く。扉の前に立つと、右手の掌で南京錠を包んだ。すると、間も無く鍵が外れ、彼の手に収められた。カコはすぐに鬼桐の後ろに下がった。
無言が4者の間を流れる。
しろが、はちの脇腹を突く。

「なんだよ。」

「はちの出番ですよ。」

「なんでだよ。」

「そういうものですよ。」

「なにがだよ。」

こそこそと喋りあう彼らの間を、弾丸が飛んだ。扉に穴が空き、煙が燻った。はちは頬をひきつらせる。
3者の目が、自分の所作に注がれていると知り、首を振ってノブに手を伸ばした。静電気が指先で破裂する。反射的に手首を翻したが、周囲の目に、しぶしぶ再度挑戦する。ノブを握り、全体重をかけて外へと押しやった。体全体に音楽が鳴り響き、光が彼らを包んだ。


【続】
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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