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【小話】さえざえとした夜7【更新】

【さえざえとした夜 7】 (6はこちら

夜明け前の空を戴く世界は、静寂に包まれていた。

月も星もない、地上の光も届かない、鈍い紺色の冷気が、肌を刺す。呼吸は白く細やかな結晶となって紺に溶ける。屋上には、小さな遊具やゲーム機のあるプレイランドが設けられているが、それらはすべて、奥に追いやられて眠りに落ちている。予想していた大音量も、大勢の人の姿もない空間に拍子抜けしたはちは、白い霧が薄れ、月光が射した世界で、ある人影を認めた。

人影は、屋上の真中で座り込み、背中を丸めていた。取り巻くのは、落下防止を目的としたフェンスを押し上げる、大量の楽器類で、影を中心に大きな円を作っている。死人のごとく横たわる楽器達の合間で、スコアの山が複数の塔をなしていた。

「鹿々苑サヱ、聞こえるか。」

一歩進み出た鬼桐は、くわえ煙草のまま、中央の人影に呼びかけた。どすの効いた、相手に緊張感を与える張りつめた声だ。しかし、帽子を被った人影は応答せず、両手を手元で忙しく動かし続ける。再度、鬼桐は呼びかける。が、結果は同じで、人影は顔を上げさえもしない。鬼桐の舌打ちを、はちの耳が拾った。彼はフェンスの近くへ移動し、凶器の安全装置を外した。そのまま円の中央に照準を合わせ、引き金に指をかけた。

「おい!」

殺人事件の目撃者になるのは御免だと、はちは体を乗り出した。しかし、鬼の指は既に弾丸を発射していた。

はちは、目を瞑った。
が、破裂音はいつまでたっても響かない。

おそるおそる目を開けると、鬼桐は構えたままの体勢で、フリーズしていた。彼の両肩及び両腕に、黒い影の塊が纏わりついている。影は、彼の手から短筒を奪い取ろうと、腕を四方八方から伸ばしている。中には得物を持ち、鬼桐の首筋に当てる者もあった。ピストル片手に、動きを一時停止させられた鬼桐は、

「私は、”本者”にしか用はないっ!」

貴様たち”偽者”とじゃれあうために来たわけではない!と、夜空へ空砲を鳴らし、衝撃で妨害者達を弾き飛ばした。彼らは四肢を投げ出し、空を人形のように舞い、地に衝突し、擦れ、そして止まった。
鬼桐は鼻から息を吐き、短筒の銃口を覗いて煙の具合を確かめた。

呆気にとられたはちは、散らばった影たちを見渡した。彼らは人の形をしている。だが、彼らの間接はあり得ない方向に曲がっており、表情は無く、マネキンのように動かなくなっていた。そうだ、おそらく最初から人形だった、そうに違いない。はちは念仏のように唱え、考えに反して激しい頭痛を堪え切れず、頭を抱えてその場にへたり込んだ。

「・・・どうなってんだよ。」

「びっくりですね!」

「僕だったら死んじゃってますよ」と、しろは、はちの肩を叩いた。

「あれは人形だっての!死んだりしねぇっての!」

はちは強い口調で、自分の意思を力強く、そして脆く表明した。

「あ!」

しろは、叩く手に一層の力を込めた。

「なんだよ!」

発すると同時、横たわるマネキン達の中で、一人だけ動く者があった。最初からそこに座っていたのだろう。漏れるランプの火を残し、手元の本を閉じ、悠々とした所作で彼らに話しかけた。

赤く大きなリボンが、夜風にはためいた。

「遅かったわね。」

「な・・・!」

「ゆりちゃん!」

少女は、着物の裾を手で払った。鬼桐が手を止め、怒りで細めていた目を丸くし、彼女を凝視した。ゆりは彼の前を通り過ぎ、中央でバイオリンとビオラを持ち上げ、交互に見比べている影へ視線をやった。その背中に、鬼桐は投げる。

「ゆり嬢、神出鬼没だな。」

すると少女はわずかに口の端を上げ、

「”鬼”に称賛されるなんて、光栄だわ。」

後方の鬼桐を肩越しに見つめて、寒空に凛と澄み渡る声を操った。

「彼女は、”無幻音階のエレベェタガァル”。鹿々苑百貨店の憑者よ。」

「エレベータガール?」

しろは青い目をしばたかせる。

「美人であるがゆえに、彼女の案内するエレベータは乗車率100パーセントを越えるという?」

「それはお前の妄想の産物だろうが。だいたい、この店にエレベータガールがいたか?それに・・・」

ふいに、はちは言葉を切った。頭が混乱していた。

「・・・てめぇ、どこから現れやがった?」

声の先、切れ長の目ではちを見上げる少女は

「外階段を使ってきたわ。」

さらりと言ってのける。

「そ、とかいだん?」

その言葉に、はちは思い出す。百貨店の隅には、各階の非常口をつなぐ螺旋階段が巻かれている事を。その入り口には、小さな地蔵が置かれていた事を。それを使えば、ものの数分で屋上に辿りつけるという事を。

「貴方たちは・・・」

その格好を見れば、未来予測なんて必要ないわねと、ゆりは軽く息を吐いた。夜風が黒髪を揺らす。彼女は「それは無駄ではないわ」と、励ますでもなく淡々と言う。

「サヱと会話をするには、彼女の意識に介入しなければならないの。」

「意識に介入?」

「既に準備は出来ているから案ずることはないわ。」

「・・・準備?」

オウム返しな人間達をよそに、ゆりは澄ました顔で鬼桐に近寄り、何やら話し始めた。「相変わらず説明の足りないやつだ」と、ため息をついたはちは、彼女の着物の帯を見つめた。

そんな彼の姿を、中央の目が捉えた。

「綺麗にするよ。」

円の中央、少女は立ち上がった。手近のバイオリンを掲げる。弓を弦にそっと乗せ、彼女の瞳が黄緑色に光る。細く長い金色の睫が震え、首もとのスカーフと、ドット模様のスカートの裾が空気を吸い込んで広がる。モダンかつ近未来的な服が、飴細工のように繊細で西洋人形に等しい白い彼女の体を彩る。奏でる少女の動きに合わせ、同じくドット模様のリボンを添えた帽子がリズムを取る。
彼らは、穏やかに流れる川のようなその曲に導かれ、彼女を見やった。

彼女の演奏は、1、2分で終了した。
最初に変化を察知したのは、しろであった。

「素晴らしいですね!」

と、演奏を終えた彼女へ喝采を送っていた彼は、中途に手を止め、ぱたぱたと袖を振り、ぺたぺたと自らのズボンを落ち着き無く触り始めた。はちは「どうした?」と眉間に皺を寄せる。

「はちも、おかしいと思いませんか?」

しろは、指を顎に乗せ、唇をとがらせる。はちは何の事か解らず、自分を省みる。そこで初めて、自らにも異変が生じているのを知った。

地下から屋上まで走り抜け、口紅と埃とその他諸々に塗れ、汚れていた服が、その形跡一つ無くなっていた。指先でなぞるシャツにはきっちりとアイロンがかけられノリが効いていて、眼鏡越しに覗く、泥にまみれた靴下も、新品同様に編み目が粒をなす。普段からぼろぼろだった靴は、目映く美しく光っている。真っ赤に染まっていた掌も、指先まで風呂上がりのように輝き、はちは背中に冷や汗が流れるのを感じた。「まさか」と思いつつ、演奏者に背を向け、ベルトを緩め、おそるおそる下着を確認する。

「・・・どうなってんだ。」

真っ青になった彼の後方、サヱは、今度はバイオリンを放り、おどろおどろしい文様の刻み込まれたエレキギターと入れ替えた。それを、今度は荒々しく掻き鳴らす。すると、屋上にこぼれ落ちていた煙草の灰がつむじ風に乗って集まり、彼女の手元の透明な容器に吸い込まれた。瓶は、あっと言う間にいっぱいになり、風が栓を運んだ。ピックを激しく上下に振り、勢いをつけた彼女は、

「お店は禁煙!鹿々苑こそ、最先端だから!」

と、リボンの手袋の指を鬼桐へと突き付けた。
カコが真っ青になり、両手で顔を覆った。

鬼桐は、

「取引に応じるなら、最低限の自由は保証しよう。」

と、顔を背けた。エメラルドのように美しく冷たい色の瞳の少女は、コードを押さえては鬼を窺う。

「取引?」

鬼桐の部下であるカコが問う。鬼桐は顎を突き出し、示す。自らを指さすカコを放置し、鬼桐は言う。

「そいつを自由に使えばいい。」

貴様が楽器に執心だという事も、手入れに余念がない事も、その調弦と演奏が、街に異常を来たしている事も報告があがっている。それは、貴様以外の者が取り組めば発生しない事象だ。だが、ここにいる”偽者”たちは手を貸さない。いや、貸せないのか、私にとっては、どうでもいい。
鬼桐は静かに持論を展開する。煙草の煙を絶やすことのないままサヱを見、

「従わなければ、“偽者”を全員撃ち抜く。」

口元だけで笑った。黒い手袋をした右手が、腰のホルダーに添えられた。

「選べ、自由に。」

見つめ合う彼らに、固唾をのむはちと、キラキラと青い目を注ぐしろの間で、異議を申し立てる者が現れた。

「隊長!人身売買はよくないです!」

彼の右腕が飛んだ。彼は痛みに顔を歪めず、腕の繋がっていた箇所を押さえた。青筋をこめかみに浮かべた鬼桐は怒鳴る。

「人間嫌いにその言葉を発する権利はないっ!」

「あら、零落童子。貴方は笛の名手だと聞いているわ。」

ちょうどよいのではなくて?
ゆりが演技じみた調子で言うと、

「その名で呼ぶな!」

「第一、お前が、なんで知っている!」と、怒りに我を忘れたカコは指先に水の固まりを作り、間髪おかずに発射した。たちまち、鉄砲水が空間を切り裂いて飛ぶ。だが、彼女の姿はすでにカコの背後に移っており、水の玉は水風船が割れるように飛沫を伴って破裂した。その様をじっと見ていたサヱは

「お掃除しなくちゃ!」

今度は、三味線を手に、べんべべんべんと弾いた。すると、水は白い煙となって蒸発し、次いで吹き飛ばされた腕が曲に乗りビルの縁へ、どんどんと流されていった。カコは慌てて駆け寄り、自分の欠片を手中に収めた。

演者はカコの腕が視界から消えて充足したのか、楽器を放り、円の中央に足を向けた。屋上の出入り口とは反対側に背中を向けたため、はちの居場所からは、ちょうど彼女の手元を観察出来た。細々とした作業は、月の光を頼りに行う仕事には思えないなと、はちは目を細める。

「・・・その仕事は、昼にはできねぇのか?」

「・・・・・・」

だんまりな彼女に、はちは頬を掻く。「面倒くせぇな」と思った矢先、隣のしろが足下のトライアングルを拾って、彼女へ投げた。落下地点の彼女は、それを受け取った。銀色の棒で三角を響かせ、

「お昼は、お掃除で忙しいから。」

顔を上げて、はちに返事をした。音が止むと、琴の調弦に戻り、ついで、簡単な一節を披露した。

「やりましたよ!」

ガッツポーズをするしろに、はちは耳打ちする。

「・・・あいつ、曲がねぇと喋れねぇのか?」

自分の仮定に苦笑が零れる。
信じられねぇし、頭に響くんだが、と呆れ顔で言う。

「おもしろいですね!」

しろは喜び、彼女を興味深く見つめた。

彼らのやりとりが聞こえたのか、サヱは即座に琴から離れ、ギターに躓き、遠くのドラムまで走った。帽子を両側から引っ張り、耳を塞ぐようにして身を隠す。ギターのひずんだ残響に乗って、

「いつかは錆びて、動けなくなるんだよ。」

か細い声で、弱弱しく洩らした。距離はあるが、不思議と屋上に響き渡る声だ。眼をきょろきょろと落ち着きなく動かし、おどおどと喋った。

「・・・ここはずいぶんと静かなようだが。」

この店が、正確には、この少女が原因で、地上は混沌に陥っていると鬼桐は主張していた。だが、ここには楽器はあれど、騒がしい様子はない。むしろ、静かすぎて耳が痛いほどだ。普段は、彼女以外の者が集まっているのだろうか?先程までの重たい扉を押えつける“音圧”は、どこに霧散したのだろう。要は、わからないことばかりである。

――だから、一つずつ話を聞いてみるか。

そう決心したのであったが、

「・・・・・・」

少女は口を開かなかった。緑の瞳を伏せ、びくびくと怯えているだけだ。会話にならないなと、痛みを発症し続けている頭を押さえ、足下に転がっているタンバリンを拾い上げた。仕組みは理解に苦しむが、事情は大凡わかった。うすだいだい色の面を適当に叩いてみると、彼女は身じろぎをし、顔を赤くして、

「秘密だよ。」

と、肩を震わせた。

「見せられないことって、一つや二つあるでしょ?」

「・・・オレにプライバシーって言葉を求められてもな。」

はちは手首のスナップを効かせ、テンポよく楽器を振りつつ、眉間のしわに触れる。音楽を止めれば、彼女との会話が成り立たないと推測されるのだから、一見間抜けなザマだが、致し方ない。
しろという同居人がいるせいか、私生活には、個人情報の保護だとかプライバシーの権利だとかの言葉は疎遠である。これと言った秘密が思い浮かばない上、手元の鈴の音が思考を遮って、集中力が持たなかった。
頭を捻っていると、サヱがぼそりと呟いた。


【続】
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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