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【小話】さえざえとした夜8 (終)【更新】

【さえざえとした夜 8】(7はこちら)

はちは耳を澄ます。しかし、自分の音がうるさくてはっきりと聞き取れない。音量を絞る。彼女は、居場所を忙しなく行き来し、立ち位置を変え、身振り手振りを交えて、一人で忙しそうにしている。口を開いているから、言葉を発していることは解る。まるで、舞台上で二役を演じる役者のようだ。

彼女の声が、途切れ途切れに漏れてきた。

「そんなんじゃだめだって」

鼓舞するかのような、力強い声である。

「だって、怖いんだよ。」

立ち位置を変えた彼女は眉を下げ、弱音を吐く。

「なら、僕が守ってあげようか?」

良い事を思いついた!と、一方が自分の唇を触る。

「・・・本当?」

期待と不安に満ちた声で、他方は声をひそめる。彼女は頼もしく笑って、大きく頷いた。

「君が僕を必要とするのなら。」

次の瞬間、はちは楽器を叩く手を止め、目を疑った。手から滑り落ちたタンバリンは地に衝突し、鈴が外れ、無惨に四散した。

彼女は二つに分裂した。
弱音を吐いていた彼女が目を閉じる。すると、彼女の体から、白い影が抜け出でて、さなぎがだんだんと色づくように、ゆっくりと体を形成し、彼女とそっくりの、異国の踊り子のような格好の少女が現れた。開いた瞳の、つり上がった眉は元の彼女とは異なり、意志がずっと強そうである。

はちは呻く。

「・・・頭が痛ぇ。」

彼の前では、生まれたばかりの彼女と、彼女を生じさせたサヱが言葉を交わしている。サヱの不安に一方が耳を傾け、心配ないと返す様は、まるで最初から、彼女達は二人であったかのようだ。合成映像かと疑ったはちは、

「すごい、すごいですね!」

はしゃぐしろが実は、映写機でも仕掛けているのではないかと勘ぐった。しかし、その仮定を覆すほどの、”彼女の質量”に、カメラを探す目を諦めさせ、

「・・・あの、ちょっといいか。」

両者の間に入って、元のサヱと思われる側に寄った。彼女は怯えた瞳で、一方の陰に隠れた。

「てめぇは、オレたちをずっと追いかけてきただろ?」

数分前まで、楽しそうにオレたちを狩ろうとしてたじゃねぇか。あの時の勢いはどうした?オレにとっちゃてめぇの方が、怖ぇっつーか不気味なんだが。それに・・・

混乱を口ずさむ口は、両脇から塞がれた。視野が暗転した。瞼を開いて見えるは夜空と、痛むは後頭部で、2つずつの瞳が周囲から注がれていた。1階からずっと、彼らを妨害し続けた子どもが、”それぞれ”はちを見下ろしている。

目を白黒させるはちに、彼らは口々に言う。


「死にたくなければ、私たちについて話さないで。」

「深く考えると、心が壊れちゃうかも知れないでしょ。」

「世の中には、知らない方がいいことだって沢山ある。」

「どうせ説明しても、絶対理解できないだろうし。」

「不安に思わせて狂っちゃうより、ずっといい。」


子どもたちに馬乗りにされたはちは、

「・・・てめぇら、なんで似てるんだよ」

平常心平常心と唱えて、子どもたちに問うた。
地上より今まで、同じ声の主に追いかけられていた。が、現実はどうなっているのか。髪型も衣服も雰囲気も、おそらく性別も違うが、顔だけはサヱにそっくりな子どもたちが、五つ子も越えた数で存在している。こんなことがあり得るだろうか?いや、ない。誰が聞いているわけでもないのに、思わず反語を使ってしまう程に、頭が混乱している。

子ども達は言の端に、自信を漲らせ口角を上げる。

「「「「僕たちは」」」王女に必要とされた。だから、ここにいる。」

「・・・王女?」

警備会社の制服の”サヱ”が一歩踏み出て言う。

「サヱこそ、僕たちの、絶対君主だよ。」

「・・・わけがわかんねぇ。」

身動きのとれないはちの隣、しろは目をきらきらと輝かせ、

「彼女が王女様で、君たちが従者さんで、僕たちが異国からの使者ってとこですね!」

と、両手を合わせ、一人トリップしている。

「だから、大きい声で言わないでって!」

しろの近くにも、たくさんの子どもたちが取り巻きのように溢れている。「静かに!」「静かにして!」「なんで白いんだよ!」「いや、青だよ!」「うるさいうるさい!」しろよりも周囲の声こそ、とても大きい。はちの視線は冷たいが、子どもたちの手を取ったしろは、今にも踊りださんばかりである。戸惑っているのは彼よりもむしろ、子どもたちの方であるようだ。

こちらを諦め、気を取り直し、救いの目をゆりに向ける。

彼女は屋上から足を外の世界に投げ出して書物をめくっている。飛び来るカコの攻撃をひらひらとかわし、見る者の心を冷たくさせる笑みを浮かべている。こちらの様子には微塵の興味もみせていない。

堂長は心を決めた。

「・・・わかった、多くは聞かねぇよ。」

のしかかっている者たちに諸手をあげて降参の意を示す。

「秘密が多いんだろ?」

彼の態度に、子ども達は顔を見合わせる。

「誰でも知られたくない秘密の一つや二つ、あるもんな。」

はちが見せかけの同意を示すと、少しの間を置いて、彼女たちは、彼の体から降りた。のみならず、はちやしろから、一定の距離を置いて、彼らは地にかしずいた。
いったい何事か、はちは戸惑う。その答えは直ぐに判明した。

「サヱ、話して頂戴。」

仰向けの彼の頭の上で、ゆりの声が響いた。

「貴方のことを、話せる範囲で。」

ゆりに手を引かれた、フランス人形のような容姿の彼女がすぐ傍まで歩いてきていた。子どもたちはサヱに向かって、片膝をついている。何をされたのか、遠くではカコが、横笛を吹いている。表情はこれ以上無いくらいに歪んでいるのだろう。はちは推測するが、真実はわからない。

「ありがとう、ゆり。」

サヱは堂長へと居住まいを正した。背負っていた荷物を下ろし、取り出したベースを構えて、ピックを輝かせ始める。彼女の声のバックグラウンドには、常に音楽がつきまとっている。

「私はここにいるようで、どこにもいない。」

ならばいっそ、誰かの中に紛れて、消えてしまっても同じでしょ。そうなればいいなって、ずっとずっと思ってるの。

歌うように囀る彼女に、はちは眉をひそめる。随分と取りとめも無い話を切り出してくれたものだと、返しの言葉を探す。あれでもないこれでもないと探して、結局、思うままを口にする。

「そこにいるのがてめぇで、てめぇはほかの奴とは違うだろうが。」

「・・・・・・」

曲を奏でる手を止め、サヱはうつむいた。周囲の視線が、はちの体全体を突き刺す。皆、発言権があるのにもかかわらず、権利を放棄している。これではまるで、”こいつがいじめたんです”と糾弾されているようではないか。と、はちが言い訳を兼ねる継ぎ句を探し出すと、サヱの指が動いた。
音楽が、息を吹き返す。

「君は、似ているね。」

「・・・誰にだ?」

「また遊びに来てくれると、みんなも退屈しない。」

仕事があると、皆、生き生きしてくるから、僕も嬉しいんだ。彼女はほんのわずかだけ、相好を崩した。そして、鬼桐に視線を送る。

「答えはイエス。君の提案に従う。」

「おい、なれなれしい口をきくな!」

「それに、僕の同意もまだだ!」と、横笛を握り、怒りを隠さず近寄ってきたカコは、元通りになった両の手を振って喚いた。サヱは言葉を選ぶ。

「でも、ここを片づけたい。そして、事情を聞きたい。」

ごめんなさいって謝りたいんだ。僕みたいな奴が、ひとさまに迷惑をかけているなんて知らなかった。そんな権利もないのに、ごめんなさいって。

ベースのネックを握りしめる彼女の、緑の瞳に光るものがあった。それは宝石のように輝いている。彼女はすべてが、人形のように作り物めいているなと、はちは勝手な感想を抱いた。
だが、

「それを知って何になる?」

一筋の涙を流した彼女に、鬼桐はすげなく返した。

「貴様の自尊心を守るためなら、許可はできない。ここを片づけて、おとなしく存在し続けることだっ!」

事情を説明する暇も、時間もない。私は忙しい。それに、貴様が迷惑をかけたと思うやつらは、誰一人、もうこの世界にはいない。

煙草の火を絶やさず、鬼桐は金色の瞳を堂長へと向けた。射すくめられたはちは、彼の瞳の中に並々ならぬ敵意を感じた。目を逸らさずに、鬼桐は断言する。

「私がいれば、遙光の街は平和であり続ける。」

彼の演説に、口を挟む者があった。

「見張りを付けて、再び異変が起こったなら、その責任は誰が取るのかしら?」

意地悪な老婆のごとく、ゆりはカコの神経を逆なでする。憤慨と嘆願の入り混じる表情のカコに、鬼桐はあっけらかんと言う。

「自己責任だっ!隊の威厳を損ねたとして、闇に葬るっ!」

「音は死なないから、大丈夫…だと思う。」

俯き、スカートの裾を握るサヱと、絶句するカコをそのままに、月が雲に隠れ、再び姿を見せた時、鬼桐の姿は煙草の煙のように消えていた。

「神出鬼没ですね。」

彼の姿をきょろきょろと探すしろは、「鬼さんこちら、ですよ」と空に歌った。

「ありがとう」

サヱは残された黒蝶堂の面々へ頭を下げた。

「君たちが僕を見つけてくれたから、僕は僕のしていたことの重大さを知れた。」

「いや、オレたちはなにも・・・」

はちはばつが悪そうに、首筋を触る。

「そうですよ、はちは何もしてませんから!」

にこりと笑うしろの指が、クラシックギターのフレットを押さえる。

「歩き続けていたら、偶然貴方に会えたんです。」

リリリルル~と、いい加減なリズムで歌った。

別れ際、子ども達はサヱの視線を奪うようにあちこちで音を立てつつ、順々に堂長に近寄ってきては、口々に同じ事を言った。

「「「遊びに来ないと王女が退屈しちゃうよ!」」」

「誰」に対しても、はちは同じ返答をする。

「・・・オレは退屈の方が向いてるんだけどな。」

そのたびに、異論のあるしろが手を挙げる。

「退屈はつまんないですって。また来ますよ!」

と。

ビルの端には、螺旋階段が設置されていた。気が飛びそうなほど、高い場所にある長細い構造に、はちは心もとない感覚を覚える。サヱに見送られた黒蝶堂は、外階段を下り始めた。

頼りない金属を叩く三人分の足音が鳴る。段の端が凍り付いている。どおりで寒いわけだと、はちは前傾姿勢で俯き加減に歩く。

「人格も揃ってるとは、さすが、百貨店ですね!」

彼ははずむ足取りで、手すりに小指すらかけていない。

「・・・オレは未だに信じられねぇんだが。」

今日の夜の事が、夢でしたとタネ明かしされても信じるかもしれねぇと、はちはため息をつく。螺旋階段は思った以上に急で、カーブがきつく、風当たりが強かった。仮にしろが足を踏み外せば、落下していくのは彼ではなく自分だからだ。これが現実ならば助からないだろう。
最後尾を歩くゆりが、空を見やった。

「そろそろ夜が明けるわ。」

深い紫紺の空が、辺りを暗闇に陥れている。夜明けがくるとは思えないほど、真夜中よりも濃い空である。声につられて空を見上げれば、はちの足下がぐらついた。ここ最近は睡眠不足で、よく眠れていなかったことを思い出した。手すりを握り、目をこすって頬を叩いた。

その空の下、屋上に鬼桐の姿はなかった。残された彼の部下は嘆く。

「僕がどうしてこんなことを」

マンドリンを持ちあげ、故障部位を認め、ポケットからスパナを取り出した。壊れた箇所を直せば自由になれる。ならばさっさと仕事を終わらせるに限る。上司の思いつきに惑わされるのはいつものことだ。ならば仕事は仕事だと割り切ってやるのがいい。
そう思っていたのだが、

「片づけするよ!」

オルガンの鍵盤を叩く少女の合図で、少年の手から楽器と仕事道具が奪われた。楽器を運ぼうと仕事を取り合うのはたった一人の子ども、ではなく、サヱとよく似た顔立ちではあるが、それぞれの存在を主張する少年少女たちであった。

「王女のために、働け。消える日まで。」

と声を掛け合う彼らに囲まれて、カコはがっくりと肩を落としたのであった。

後日、はちとしろは、喫茶室に来ていた。今朝方、大柄の男から連絡があったのだ。どうせ信じてもらえない話をするくらいなら、適当につじつまを合わせた話をした方がましだと、はちは百貨店での出来事を聞こえよく改竄…もとい、まとめて報告した。

男は、「それは大変な仕事でしたね」と、応用しがいのある、同情にも、社交辞令にもとれる相づちを打った。

「原因は突き止めた。だから、妙なことは、しばらくは起こらないっスよ。」

はちは、はったり気味に言う。男は手垢のついた、感謝の言葉を口にした。
仮に本当の事を言ったとしても、彼は信じただろうか?はちは彼の表情を観察するが、何を彼が考えているのか、さっぱり読めなかった。彼がコーヒーを飲み下したタイミングで、はちは尋ねる。

「・・・あの、一ついいっスか?」

「なんでしょうか。」

「・・・鹿々苑百貨店には、エレベータガールはいるんスか?」

男は意表を突かれたのか眼を丸くした。彼の表情の変化を見るのは、これが初めてかもしれないなと、はちは分析する。少しの間の後、男は静かに冷ややかに答えた。

「いましたよ。ずいぶん昔の話ですがね。」

「・・・相当前、っスか?」

「華やかな職で、当時は絶大な人気を誇りました。」

事情があって、今は雇っていませんが。
言いづらそうにする彼は、

「どこで、その話を聞いたのですか?」

逆に、はちへと尋ね返した。

「・・・いや、なんとなく。」

もしかして、今いても、おかしくはねぇのかなと思って。はちは珈琲を啜って語尾を濁した。

彼が安心し、同時に、どっと疲れを感じたのは、大男が珈琲代もクリームソーダ代も、報酬と共にきっちりと払ってくれてからであった。帽子を黒蝶堂から受け取った大男が先に退店してからも、はちはしばらく立つことが出来なかった。外見は綺麗になっても、中身の疲労感は緩和されていなかった。身も心も、所謂満身創痍な彼は、

――今晩からは、よく眠れるといいが。

そんなことを思いながら、しろに連れられ黒蝶堂へと戻った。


【終】

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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