【小話】空の旅【更新】

ゆるゆると瞼を開けば、首から肩にかけて、鈍い痛みが走った。そろりと動く分の勇気の持ち合わせがない。

「よく眠っていたわね」

「・・・断じて、眠ってねぇよ。」

頭上からの少女の声に、落ち着き払ってみせて対処する。
以前、これと酷似した状況の時、あらぬ方向から万年筆が飛んできた場面が鮮明によみがえる。

「・・・暗いだろ。」

「必要ないわ。」

彼女は薄闇に瞳を猫のように光らせて、手元の書物をめくっている。

「どんな目だよ。」

「私は黒蝶堂の憑者よ。」

返事よりも先に、ため息が出た。
ゆりは頁から目を逸らさずに言う。

「貴方の悩みは、時間が解決するわ。」

「・・・明日に持ち越すような高尚な悩みなんざ、持ち合わせがねぇよ。」

「どんな夢だったのかしら。」

彼女にとっては他人の隠し事など、硝子ケースに並ぶ氷菓のように映るのかもしれない。それに追随する無言という圧力が建物の内部から発せられ、体を四方八方から押さえつけてくる。

自分の夢など、他人には何の意味もないに違いない。そう思いつつも、記憶の断片を繋いで口にする。

「・・・じいさんと歩いていた。」

しばらく歩くと、梯子が掛かっていると言って、祖父は見えない道を辿って空へと踏み出した。しかし、そんなものはどこにもなく、子どもの姿の自分はその手を振り払った。暖かさがどんどんと体から抜け落ち、指先が凍り付いて動かせなくなった。涙すら凍ったとき、何かが空から降ってきた。ふっと体が軽くなった。足元を見て、慌てて先行く祖父に手を伸ばした。

まとめると、そんな夢だった。だが、

ーーどう取り繕っても、取り留めのない話だな。

次の言葉を探すが、少なくとも机の上にはペンが転がるのみで、答えは無かった。妄想じみた話を披露するのは、夢という不可抗力な事象であっても、やはり恥ずかしさを伴う。場をごまかすため、体勢を変え、体を捻る。ぱきりと、骨の軋む音が鳴った。

すると、背後で何かの落ちる気配がした。手を伸ばし、机上の明かりを灯す。拾い上げたのは、見覚えのある羽毛布団であった。自然と、眉がひそまった。道理でこの薄暗く底冷えのする夜の黒蝶堂でも、うたたねが可能であったわけだ。

「・・・あいつに普通は通用しねぇが。」

前置いてから、「普通は、毛布とか上着とかじゃねぇのか?」と続けた。

「彼は、こう言っていたのよ。」

気づけば少女は音もなく、堂長席の前に舞い降りていた。橙の光に、彼女の赤い瞳が揺らぐ。それはわずかに細められているようにも、普段通りの、何の感情も映さないようにも感じられた。

「「羽が生えたら、睡魔も飛んでいくはずですよ」とね。」

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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