【小話】鼠色捕獲作戦【更新】

「一人の市民も守れないで、誰が警察だっての。」

「・・・何でそんなアパートを選んじまったんスか?」

黒蝶堂の昼前、堂長席の前で怒気を隠さない一人の若者は、思索にふけるように、顎に指をかけた。

「安いに越したことはないと思った。浅薄だった。」

”殺人事件が頻繁に起こる賃貸アパートの一室”と、契約を結んでしまった。
成人前後の年の頃の若者が真顔で告白してきたのが、少し前のことだ。堂長席の黒川はちは目を点にして、混乱する自分の脳を宥めるため、応急処置として近くの椅子を勧めた。

”被害者になるか加害者になるかは不明だけど”と、切り出した若者は、大量の資料を席に拡散させた。契約完了後、破格の賃料の理由を大家に聞いたら、懇切丁寧に教えてもらった、らしい。あまり見たくない類の写真や細かい文字での報告書が束になり、”持ち出し厳禁”との表書きがあった。

「どちらにも、なりたくないんだ。」

若者は記録の残る最初の事件から、最新の未解決事件まで、あれやこれやと堂長に説明したあげく、膝上で組んだ両手に額を乗せた。地元から出て来たばかりで、友人もおらず、警察に相談しても相手にされなかったという件を涙ながらに語られたはちは「・・・大変だったっスね」と、ここにはいない人間に同情した。内心では、「んなこと言われても」と、口が滑りそうになるのを賢明に堪えていた。若者は、「大家さんが、ここに行けば解決策がわかるかもって教えてくれたんだ」と続けた。なんと無責任なことを言ってくれるのかと、はちは見も知らぬ人間に怨嗟を感じた。

話をして少し落ち着いたのか、若者は顔を上げて鼻をすすった。照れ隠しだろう、そっぽを向いてはにかむ姿は、ますます幼さを際だたせた。と、客人は持参したショルダーバッグを探り始めた。
そして、はちの不安は、眼前で的中する。

「いっそのこと、僕を殺してくれ。」

自分で自分が抑えられないかもしれない。僕は、僕の未来が信じられない。だから、怖いんだ。

若者は笑顔のまま、手に握った折り畳み式のナイフの刃を覗かせた。

「ちょちょ、ちょっとまて!早まるんじゃねぇよ!」

「そう思うこと事態が、思惑通りなんですよ!」

唐突に現れ、客人にびしりと指を突きつけるのは、黒蝶堂の居候・氷山しろであった。堂長席の横に位置どり、両者に茶を勧めた。

「はっ!そうか、そうかもしれないな!」

くそ、誰のせいだよ!と、口説き落とされた若者は舌打ちして、ナイフを投げ捨てた。

ーー誰の思惑通りだというのか。

指摘するのも面倒だなと、堂長は肩をすくめ、床に転がってきたナイフを拾い上げて机に投げ込んだ。
そのとき、一つの打開策が、脳裏で明るく照らされた。引き出しの中、今朝方しまいこんだある物が、視界に入ったからだ。

ーー経験上、彼女ならば、この客が殺人をするか被害者になるかはすぐにわかるはずだ。

客人の相手をしろに任せ、盗み見るように棚を見上げた。

彼女は普段通り、本棚の上に陣取って頁をめくっていた。
訪れる客が彼女の存在に気がつくことはまずない。目の前の客も、自分の持参した資料を提示することに躍起になり、最初から彼女には目もくれていない。言うなれば、書棚に収まる書物の背表紙を逐一確認しないように。冊数をいちいち数えないように。風景の一部に彼女が収まっていて、誰にも違和感を与えていない。

客の手前、はちは唇だけ動かし、「ばかばかしい」と、吐き捨てた。

ーー未来予測なんざ、存在するはずがねぇ。

それに、命を奪う奪われるだの物騒なアパートが存在していたら、すぐに希望者で埋まるはずだろうとさえ感じる。世の中には、妙な需要に応じる妙な供給がある。供給が足りなければ、需要側の人間が転じることもある。それは・・・

「・・・って、堂長さん、聞いてます?」

黒蝶堂さんにとってはありふれたお話かもしれませんけど、僕は不安でいっぱいなんです。誰にも相手にされないし、かといって、出て行くと住む場所は無くなる上に、家賃でいえば他の場所は厳しいし。

「もう、田舎に帰るしかないのかな・・・」

力なく嘆く若者を前に、はちは引き出しを再度引く。確かに3枚ある。この客の来堂する前、ゆりから「時が満ちたら渡して頂戴」と命じられたものだ。長さは広げた手の親指から小指ほど、幅は並べた人差し指と中指の端から端まで、といったところか。白地に真っ黒な蝶が影絵のように散らされ、中央には曲がりくねった山道を幾重にも重ねたような筆文字の並ぶ、柔らかな手触りの札だ。

「漂白剤に漬かればいいんですよ。」

真っ白になりますから、皆が信じてくれるでしょう。仮に貴方が、誰かを殺めてしまっても。

「・・・まともなら、実践しねぇよ。」

「ならば、お医者さんに掛かってみてはどうでしょう?」

「・・・お前が精神科に行くのか?それだけは止めとけ。」

どうせ治らねぇんだから、時間と金の無駄だろ。言いつつもはちは、引っかかりを覚える箇所の謎を紐解くことにした。

ーー資料が揃っていること事態が、おかしくないか?

それを足がかりに、はちは一つの仮説を構築する。

感情的かつ心配性で、貧乏性の若者が行き着く先は、そこに住むか、折れて実家に帰るかだ。大家は”事実”を公表し、黒蝶堂に行けとアドバイスをした。それはアパートでの事象をオカルト話だと信じさせるためかもしれない。認めたくない話だが、黒蝶堂は”そういうのを扱う店”として、巷では名が通っているとかいないとか。知らない若者にはより一層、効果覿面で、ますます不安が大きくなる。結果、怯えた者は、街が性に合わなかったと諦観して元の場所へと戻る。

つまり、新天地に繰り出してきた人間をその場から逃げさせ、かつ、その行き場の選択肢を狭めようとしている人間がいる。言わずもがな、大家とその人物は共謀者だ。

答えが繋がった瞬間、3枚の札を、資料の上に等間隔で披露した。
戸惑う客に、

「この札を貼ってみるといい。」

堂長は腕組みをし、椅子に深く腰掛けると、斜に構えて客を見つめた。

「玄関でもトイレの壁でも、どこでも?」

「毎日見るところがいいと思いますよ!」

それを見て、初心を忘れないようにするんです!と、しろは胸の前で握り拳に力を込めた。

「・・・自分を守るのは自分だ。自分を信じられれば、いざというときにも対処できるだろ。」

ーー我ながら偉そうだ。

そう思うはちは眉根を更に寄せるが、若者は神妙な面もちで頷いた。祭事の時、神前に進む代表者のような表情だ。

「迷ったら、いつでも来てくださいね!」

しろの投げかけに、札を抱き抱えた客人は浅い礼をして、店を飛び出していった。その背を見送った堂長は、長い永い嘆息を吐いた。ひきつった笑いを浮かべて、「慣れねぇことは、するもんじゃねぇな」と首を鳴らし、突いた肘の先に顎を乗せた。気がつくと、棚の上の少女が近くに寄ってきていた。

「・・・あの札には、効果があるのか?」

「あるわけがないわ。ただの紙切れよ。」

思いも寄らぬ即答に、はちは絶句する。薄々感づいてはいたが、それらしく振る舞った過去の自分のせいで、今の自分の居心地が悪くなる。彼女は素知らぬ顔で、「悪くはなかったわ」と感想を宣った。

「・・・まさか、未来が見えたのか?」

「漸く、信じる勇気を会得したの?」

「・・・冗談だろ?ありえねぇっての。」

眉をひそめ反発するはちに、彼女は薄く笑む。

「この地球上で、人が死ななかった土地があるとは思えないわ。」

「・・・決意を曲げなけりゃ、どんな場所だとしても生き残れるだろ。」

はちはそう言うと、「次に来た時は、家具の本でも買っていってもらわねぇとな。」と、ため息を吐いた。

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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