【小話】追加オーダー【更新】

ーーなぜオレは、ここにいるんだろうか?

黒川はちは、一人考える。落ち着いた照明、口元を隠して笑う客人、しわ一つないシャツの給仕、眼下に臨む美しい夜景。座っているのに、足が震えてそわそわと落ち着かない。
隣人は、ダンディなシェフとコース料理に関する話題を楽しんでおり、彼の口は食事よりも発言に重きを置いている。

ここは遙光の街の、とある高級レストランである。主に予算面において、滅多に外食をする機会のない家計であるのだから、店名こそ知っていたが、一生縁のない場所だと信じて疑わなかった。
次々と配膳される料理の数々に、「いつになったら、終わるんだ?」と尋ねる勇気もなく、ただ黙々と、運ばれた順に、ただ淡々と、口を開け咀嚼し胃に収めていく。「量が少ない割に、皿が大きくないか?」との思いも一緒に飲み下した。どうしてこうなったんだと、思考回路の方向を変更する。
「古くせぇスーツなんざ、ひっぱりだしてくるんじゃねぇよ」と、隣人に毒づいた数時間前。あれよあれよとスーツに着替えさせられ、外車らしきよくわからない高級車に乗せられて到着した店の前。お待ちしてましたと絨毯の上を、疑問符を消去できぬまま案内されたテーブル席の前。

「・・・え、その・・・お久しぶりっス。」

「・・・先日は、どうも。」

そこには先達ての案件である、鹿々苑百貨店の依頼主であった大男が座っていた。



「あれから、ぱったりと静かになりまして。」

「・・・はは、そうっスか。」

「これも黒蝶堂さんのおかげだと、感謝しております。」

「・・・いや、オレ達はなにも。」

大男の無感動かつ無表情の声音に、身じろぎ一つできない。独特の緊張感を与える彼は、店内であるというのにやはり、以前と同様の帽子を目深にかぶっている。なんだか、頭痛がする。ぎりぎりと周囲から締め付けてくるかのような痛みだ。

少しの間をおいて、彼は本題に入った。

「ところで、この件は他言無用という話をしておりましたが。」

帽子の隙間から覗く視線によって、背筋に氷のつぶてが這わされる。うまく言い表せないが、殺気のようなものを感じ、思わず身構える。ナイフとフォークを握る指の震えを肩ごと押さえつけるよう力を込め、

「・・・無論、約束は守るべきもんっスよ。」

こうなりゃやけだと、挑発的に、男を見やった。
大男は、静かに言う。

「もう一つ、仕事の依頼をしたいのですが宜しいですか?」

「・・・え?」

ずれた眼鏡を元の位置に戻す。肩の力はまだ抜けやしない。

「勿論、他言は無用ですが・・・」

高級料理を食べ尽くした自分たちの退路は断たれていた。



「それが、料理の毒味役というわけね。」

「・・・毒味って言うな。」

黒蝶堂に戻ってきた時、棚の上から少女が投げかけてきた。ずっと留守番をしていたはずの彼女だが、未来が見えるとほざく彼女には、万に一つの可能性で、すべてお見通しなのかもしれない。慣れないスーツの上着を脱ぎ捨て、堂長席に着くと、ゆりは「悪くはない話ね。」と告げた。

話を整理する意味も込めて、彼女に語って聞かせることにした。

鹿々苑百貨店では現在、「デパ地下の総菜料理」をテーマにした企画が計画されている。大男も企画に一枚かんでおり、集客のための構想を練っている途中だという。そして試行錯誤を重ねた結果、「百貨店の高級感」に思考が帰した。若者達から敬遠されがちな高級デパートに、若者達を呼び寄せることが出来たらどうかと考えた。

親切心からなのか、大男は、ゆっくりと噛み砕いて説明する。言葉の空白が耐えられず、

「・・・確かに、行かねぇかもっスね。」

当たり障りのない言葉を埋め込んでみると、大男の目が、再度光った。

「そこで、君たちに依頼したいのです。」



「質より量、安全性より安価でしょ、貴方達は。」

「それをあの場で言えたら、苦労しねぇっての。」

若者の舌は同世代にしか分からないだろう。そこで、思いついたのが黒蝶堂の若者2人組だったらしい。なにぶん”鹿々苑百貨店”の未来を担う重要な仕事のため、日雇いの不特定多数の人間に依頼するわけにもいかない。

平たく言えば、、”若者の舌の提供”が、今回の依頼らしく、どういったものが好み足りうるかを調査する、らしい。

一回目の今日は、この店の料理についての感想をまとめて提出してほしいとのことだ。

店を出るとき、大量にみやげものを持たされたしろは目を輝かせる。

「僕たちが若者代表になるなんて、びっくりですね!」

「・・・さすがに、他の奴にもアンケートくらい取るだろ。」

第一、味なんて覚えてねぇし。最初から言ってくれれば、まだましだったかもしれねぇのになと、強く思った。



次の日の朝。
いつもと違う匂いに食卓へ誘われれば、洋風の白いスープが、味噌汁をよそう椀に注がれていた。見覚えのあるような、ないような。額を押さえ考えていると、

「昨夜のですよ!」

と、台所から回答が飛んできた。
隣には、柔らかそうなパンと少ない量の野菜サラダが並ぶ。なるほど。間違いない。これは、昨日の料理だ。皿が違うためか、雰囲気の差で気が付かなかった。さじを取り、一口掬う。

その瞬間、昨日の大男の指先までが思い出された。

「・・・どういうことだ?」

味も、食感も、温度も、色もすべてが、昨日の夜の料理と同じような気がする。あまり味わえなかったので、もしかしたら勘違いしているのかも知れないが、記憶が明白に呼び覚まされる感覚に襲われた。

一人固まっていると、しろがふてくされ気味に、向かいに座った。

「僕、一度見たものは忘れないんです。」

だから出来るかなと思って、色々とお話を聞かせてもらったんで、材料も試しにもらって、その通りにしてみたら出来たんですと言い、さじを取った。

一口すすめた瞬間、彼の表情が曇り、唇と同時に言葉を突き出した。

「おもしろくはないですね、同じ物なんて。」

「あら、おいしくはあるわ。当然のように。」

突然現れた少女の影に、思わずおののく。
自分の隣で少女が座り、スープに唇を沿わせていた。

「本当ですか!嬉しいです。」

ぱあっと、しろの表情が明るくなった。本当に、現金な奴である。

「だけど」少女は薄く笑む。

「貴方達向けではないわね。上品で。」

「僕も、そう思っていたところです。」

彼らのやりとりを見ながら、今度は前菜に手をつけた。昨夜よりも味がよくわかる、ような気がする。

「・・・またよくわからねぇ仕事を持って帰っちまったな。」

と一人ごち、テーブルに肘を突いた。

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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