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【小話】橙の魔物【更新】

「噛まれました!」

「・・・は?」

頭上で大騒ぎするしろを、炬燵から見上げると、眼鏡のレンズに、雫がぽたりと落ちてきた。反射的に目をつぶる。ゆっくり瞼を起こせば、視界が、赤の点に侵されていた。上体を起こし、後頭部をかきむしる。机上のティッシュペーパーで赤を拭い、ゴミ箱へ放る。「見せてみろ」と言えば、向かいに座った涙目のしろが、右腕をぬっと突きだしてきた。

手の甲、親指の付け根あたりに、直径2ミリほどの穴が空いている。3センチほど隔てて2箇所あり、赤い血が指先の方へ細い川のように流れている。彼は、炬燵を示し

「そろそろ片づけようとしていた矢先の大事件ですよ!」

指先が白くなるほど、握り拳に力を込めて言った。
新たに浮いてきた粒が、山を作ったところで固まり始める。

「なんで片づけるんだ!オレが今、入ってるだろうが!」

布団の端を握って、彼に主張する。暖かくなってきたとは言え、まだ炬燵は必要であると声高に叫んだ。
が、その途中、急激に体温が奪われていく感覚にさいなまれた。頭の中が整理されていき、わき上がってきた疑問を口にする。

「・・・噛まれた?」

「そうですよ!」

「・・・いつだ?」

「今し方です。」

「・・・一応聞くが、どこでだ?」

「炬燵に手をかけたここで!」

その言葉に大急ぎで、炬燵から足を引きずり出した。ズボンを膝まで捲り上げる。シャツをめくり、首筋を触る。痛みはないし、手に赤も付着しない。どうやら、異常はないようだ。
次いで、炬燵の中を覗く。橙の光以外は、何もない。もしかしたら、死角にムカデやら蚊やらの類の虫がいるのかもしれない。心が焦り、指先が震える。不可解で丈夫な体のしろが刺されて血を流すほどだ。自分が刺されたら、病院送りになるおそれがある。それは、非常にみっともない。じぃと布団の裏側をにらんでみる。が、目当ての影は見あたらない。

「今はまだ、小さいのかもしれません。」

ですが、少しずつ血を吸って、大きくなるんじゃないですか!?

しろは頬を紅潮させ、人差し指を立て、自説を展開して、なぜかはしゃいでいる。

「・・・何の話をしてるんだ、いったい。」

転がしていた半纏を着つつ、彼をなだめる。
すると、しろはずばりと言い切った。

「勿論、炬燵にお住まいの吸血鬼さんのことです。」

「・・・吸血鬼が、本当に実在すると信じてんのか?」

その返答に、ため息を吐かざるを得ない。
すると

「はちの血は美味しくないから狙われないと思いますよ。」 

しろはふふっと笑い、食器を台所へ運ぶために立ち上がった。

「・・・血に、美味いも不味いもあるかよ。」

とりあえず、無駄な電気代を省くべきか。ただでさえ、必要最低限の電力で、冬を越えてきたのだ。コンセントに手を伸ばし、引き抜こうと指に力を入れる。
そのとき、

「まだ片づけないで!後生だから!」

甲高い声が耳元で響き、真白い腕が炬燵の端から生え、手首を掴まれた、気がした。



ゆらりと赤いリボンが揺れる。切りそろえられた前髪から覗く、黒目がちの瞳にじっと見下ろされていた。

頭をずらすと、すっかり片づけられたテーブルが視界に入った。時計を見る。どうやら、眠っていたようだ。眠りに落ちる前、しろと何かを言い争ったような記憶があるが、もやがかかっているかのように不鮮明で思い出せない。

「もう少し、危機感を抱いて頂戴。」

事前通告があったのに、その上で罠に嵌まるなんて。

冷たい声音には、わずかばかりの呆れの温度が含まれている。「何のことだ?」と、ぐらぐらと安定しない頭を支え、時間をさかのぼる。だめだ、思い出せない。唸っていたところ、くしゃみが一つ出た。寒気を覚えた。飛び出たツバとともに、場面がフラッシュバックしたのだ。
タイミング良く、奥間からしろが現れた。

「大丈夫ですか、はち。倒れちゃったから、心配しましたよ。」

「・・・どうやらオレは、夢を見てたみたいだな。」

そう結論づけ、ほっと胸をなで下ろす。冷静になってきたところで、しろから湯飲みを受け取る。その右手に包帯が巻かれているのを見て、再度、意識が朦朧とし始めた。あれは夢だったはずだが。

隣で同じく湯飲みを与えられた少女は、一口飲むと、

「そろそろね。」

そう言うやすぐ、小さな指を空に舞わした。すると、すさまじい風が、後方より台所方面へふきすさび始めた。あまりの激しさに、眼鏡が飛びそうになる。がたがたと家具が揺れ、炬燵の布団が風でめくれあがる。

その瞬間、テーブルの下に横たわる白いふくらはぎを見た、気がした。

テーブルの足を握りしめる指がある。

ーー気のせいではなかったのだ。

地に足を着け、踏ん張る。室内であるのに、これほど風が通るなんざ尋常ではない。家具は揺れるが書類は飛んでいかない。奇妙な現象は、やはり、目の前の少女のせいだろう。止め止めと念じていると、風に煽られ続けていた指が消えた。辺りを見渡せば、手に持った書物を広げ、風下へ移動していたゆりの姿があった。影は彼女へまっすぐ飛んでいき、吸い込まれるようにその頁に納められた。頁は彼女によって閉じられる。
すぐに風は止み、辺りは元の静けさを取り戻した。
彼女は書物を近くの棚に置くと、深呼吸をして髪をかきあげた。

「準備しましたよ!」

棚の横には、いつの間にかしろが立っていた。彼は書物の上に、風呂敷を広げた。中にはフォークとナイフが一対揃った状態で包まれていた。それをクロスさせて風呂敷に並べ、隣にトマトジュースを添えた。

「完成です!どうですか、はち?」

「・・・銀製の十字架なんざ、まるで」

してやったりな目つきのしろと、一件落着ねと言うゆりに、それ以上の言葉はなかった。
「ありえねぇっての」と一笑に付し、すぐに炬燵を片づけ始めた。

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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