【小話】春色の齟齬【更新】

ちょうどいいと直感し、手に取った雑誌を堂長席で広げる。「今すぐ始める家庭菜園~早春編~」と銘打たれた箇所を開くと、野菜の種類に応じた土作りから種の選び方、肥料の量や育成上の注意点などが細かく書かれた、なかなか参考になる特集であった。色あせた緑と茶に囲まれた細部にわたる挿し絵が、よりわかりやすくしてくれている。

ただ、気になることがある。一通り読みおおせた後、その正体を探ってみる。

まず漢字と仮名の入り交じり具合に違和感がある。正しいが、正しくない、感覚の齟齬のようなものだ。それに湿気を多く含んだ頁は力を入れたら破れそうで、陽の当たらない場所に長らく放置していた、箪笥の中の匂いがする。主にその二つだ。そのまま、雑誌を裏返してみる。発刊日を確認すると、あぁと、すぐに合点を得た。半世紀ほど前の年月日が印字されていた。

「僕は、こっちがいいですね」

いつのまにか席の前に、洗濯篭を傍らに置き、本を手元で広げるしろが立っていた。「・・・どれだ?」と尋ねてみれば、「今すぐ始める自炊生活~早春編~」と銘打たれた箇所に、彩り豊かな料理の写真とともに、レシピが掲載されていた。材料の欄を検討し、作れそうな物の収穫日と同時に、料理の完成日を予想する。

ーーこの一品には、だいぶ時間が掛かるな。

しろの本は、料理の難易度を優先しているのだろう。発刊日も最近のようだから、初心者向けに厳選された簡易な献立を選別したに違いない。主な野菜の収穫できる、最たる季節にも触れられていない、よくあるパターンだ。

だからなのか、しろは続ける。

「今すぐ試してみたいですから、お願いしますよ!」

「・・・作りたいと、作れるは違うっての。」

肩をすくめてみせれば、不思議そうに首を傾げられた。

「あれ?作りたい物を、作るんですよね?」

「・・・作れると、食べられるは違うっての。」

「食べたい物を作るんじゃないですか?」

傾げられる首の角度が、更に大きくなる。こいつとの付き合いは長いはずなんだがなと、ため息が出る。このようなかみ合わない不毛なやりとりなんざ、思い返したら切りがない。たとえば問答集を作成したとしたら、結構な頁を埋めることになるだろう。もしかしたら、この雑誌の厚さ2冊分くらいは、余裕で突破するかもしれない。

「・・・いや、いらねぇだろ。」

「だから、必要なんですって!」

席に両手を突き、差し迫ってくるしろに再度、ため息を吐く。今のは自分の呟きが紛らわしかったなとは思うが、口には出さない。説明したらしたで、なおさら混乱を招く結果になるだけだろう。それは今までの経験上、明白であった。
雑誌を閉じ、

「・・・八百屋で、材料を買えばいいだろ。」

今度は足下、菜園用の荷を山積みにした篭を引き寄せ、長らく世話になっているスコップを手に取った。ところどころに土がこびりついている。そろそろ磨いて準備しておいた方がいいだろう。
肌で感じる。春はどうやら、すぐそこらしい。

「・・・作ったもんをどう料理するかはお前に任せるけどよ。作るまでは、オレの好きにさせてもらう。」

そう言うと、しろは本を閉じ、棚へと戻した。人差し指を顎に当て、青い瞳を天井付近へ惑わせる。その目が、じっとこちらに向けられた。思わず手を止め、身構える。
細められた目には、いやな予感しか覚えていない。その口が、ゆっくりと動く。

「変なところで、頑固ですよね。」

率直すぎる感想に、拍子抜けした。

こちらも同じく、目を半分ほどに細める。

「・・・お前に変とか、世紀末だな。」

「次の世紀末は、まだまだ先ですよ。」

長生きしないとですね!と、しろは朗らかに笑った。

あぁそうだ。
こいつには、皮肉も通じない。

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秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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