【小話】赤い音楽【更新】

彼女は、朝寝をしていた。呼びかけられ、広場の大樹の陰から身を起こす。破れ提灯を片手に持つ彼は、彼女へ嘆願する。迷い犬のように徘徊していた不審者を捕まえたのだ、と。

「”かせっとでっき”なるものを探しているというのです。」

でも見当が付かない上、心当たりもないと、彼は不審者を縛る縄を強く握った。不審者は抵抗するそぶりすら見せず、自由を奪われ続けている。彼女は、ブーツの踵を鳴らして立ち上がる。

「それなら、お前の憑場にありそうなんだぞ。」

深見ヶ原墓地に隣接する朝咲寺に、彼女は到達した。縄を引く彼・獅子之丞と、引かれる不審者と共に、境内地へ足を踏み入れる。砂利が敷き詰められた敷地は広大で、その奥には更に砂地が続き、荘厳な寺院が、これまた見る者の息を詰まらせるほどの迫力で建立されている。

そこにぽつんと一人、袈裟を着た男がいた。

「おはようございます、牡丹様。」

「おはようだぞ、紫陽。」

修行僧は落ち葉を集める手を止め、腰を深々と折った。「今日はどうされましたか?」尋ねる声音は、無感動ながら、柔らかさを含んでいる。折り目正しい態度に、彼女の背後の青年は「真面目だなぁ」と詠嘆する。
彼女は探し物の在処を彼に問う。

紫陽は、驚嘆も無く答える。

「それなら、獅子之丞の個室にございます。」

顔色一つ変えることもない。

「え?」

顔色が変わったのは、獅子之丞の方であった。牡丹の眉が、ぴくりと上がる。睨まれた獅子之丞の眉が、余計に下がった。

「わかった。勤めの邪魔をして悪かったんだぞ。」

「いえ。お疲れさまです。」

紫陽は再び頭を深く下げると、元の仕事に戻っていった。



「・・・経を上げるのに、使ったんじゃねぇのか?」

「片づけ忘れちゃって、どこかに放置したままかもですね。」

日がようやく昇り、これから大気が暖まろうかとする時間帯に、黒蝶堂の扉は叩かれた。彼女から事情を聞かされた堂長は、重たい瞼をようやく開いた。視界に映るは、ツインテールの少女と彼女の散歩仲間らしい、元気のない青年、そして彼にロープで繋がれている人間の3名だ。堂長には、アーケードを挟んで反対側に位置する弁当屋が、不審者の体を通して、うっすらと確認できた。もしかして透けてるのかと思いそうになった堂長は「寝ぼけてるからな、オレは」と頬を叩き、視線を牡丹に戻した。

「・・・うちには、レコードしかねぇよ。」

前探したんだが、見つかんなかったんだよと、肩をすくめてみせる。「カセットは再生できないのか?」との疑問に肯定を与えれば、彼女は低く唸った。

「これを使ったらどうですか?」

そう言ったしろが取り出したのは、B5程の大きさの、分厚いポータブルカセット再生機であった。隅にはヘッドホンジャックがあり、相応のヘッドホンが本棚の横に下げられている。「・・・こんなもんがあったのか」と、まじまじとそれを見つめていたはちは疑問を呈す。

「・・・これは動くのか?」

見たところ、結構な年代物のようで、塗装が剥げている箇所もある。ヘッドホンを繋ぎ、片方を耳に当て、カセットを入れ込み再生ボタンを押す。案の定、機械はうんともすんとも言わなかった。

それに反して、突然動き出したものがある。

「貸して!」

獅子之丞に繋がれた不審者が、縄を引きちぎり、ヘッドホンを装着した。そして彼がスイッチに触れた瞬間、カセット中央の二つの穴は、きりきりと音を立てて回転し始めた。

きりきりと痛みを訴えだしたのは、機械だけではなかった。

頭痛がひどくなったはちは、目の前の現象を処理できないでいた。

もとより薄いと感じていた不審者が、時間の経過とともに、腰の曲がった老人に変化していった。

「・・・嘘だろ、ありえねぇっての。」

曲が終わったのか、派手な音を立て再生ボタンが弾き戻された。老人となった客人は、一筋の涙を流す。

「ずっと聞きたかったんだ。」

そう言うと、巻き戻しのスイッチを押し、再び耳を楽しませ始めた。カセットは、悲鳴のような摩擦音を立てて回る。しばらくすると、勇気を注入でもされたのか、客は突然、力強い足取りで一人、黒蝶堂を出て行った。

「追いかけるんだぞ!」

牡丹は、呆然と立ち尽くしていた獅子之丞に指示を出す。
我に返った彼は、犬のように駆けていった。その後ろを追いかける牡丹の足音が、堂内に反射した。

静かになった黒蝶堂にて、

「・・・もう一眠りする。」

はちは断言する。すると、

「そうはいかないわ。」

棚の上から声が降り注いできた。

「朝咲寺に行って、でっきとやらを探し出して頂戴。」

「ついでに僕の機械も、取り戻してきてくださいね!」

「お前らな・・・」

はちはそれぞれの言い分に、はぁとため息を吐く。
朝から憂鬱なことだなと、他人事のように呟いた。

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テーマ : オリジナル小説
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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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