【小話】きいろの逃亡劇【更新】

仮に、その腕をすぐに掴んでいたとしたら、こんなことにはならなかったはずだ。
息が上がる。地を蹴り、桜色の霞の中を往く。先往く白い頭に、黄色の花弁がよく映えていた。



「イエローカーペットですよ!」

「ちょっと待て!危ねぇだろ!」

止めることが出来ず、彼は転がっていった。

配達帰り、駅前で論戦したのが数分前のこと。少しでも節約し、新作の料理器具を試したいというしろの主張に対し、日々の疲労感が拭えないから、なけなしの金をはたいてでも電車に乗り、早く帰りたいという自分の主張を戦わせた。

今は、折衷案を実施している。

線路沿いを、歩いて帰る、という案だ。

何と何の折衷になったのか、白熱した議論を重ね終えた時には、とっくに忘れていた。

しばらくは、おとなしく帰っていたはずなのだ。
が、ある地点にさしかかったとき、隣人は突然走り出した。
呼び掛けるも彼は加速し続け、そして唐突に、消失した。慌てて駆け寄って行くと、彼は背の高い草原に背をつけ、埋もれていた。彼の周囲を無数の菜の花が覆い、昨夜の雨の粒を光らせていた。

「寝転がったら、普通の景色も変わって見えますね。」

「・・・お前が変わった奴ってのは、十分知ってるよ。」

「だから、はちも転がってみましょうよ!」

「・・・オレには、ここからの景色で重畳だ。」

「駄目で元々とも言いますから、ほらほら!」

腕を取られ、バランスを崩され、強引に寝転がらされた。黄色い世界が広がって、どこからか到来した桜の花弁が風に煽られ、宙で舞っては遠くへ流れていく。前髪がそよぎ、眼鏡のレンズに掛かったのが邪魔だと感じて、指で押しのける。彼と同様、半ば花に埋もれる格好になった。耳に触れる葉がくすぐったい。ビルも電線も電波塔も飛行機もない、細い白線を薄水色に溶かしたような空だけが視界一杯に広がって、気が付くと、

「・・・確かに、悪くはないな」

と、発していた。



がたがたと上下に揺らされる感覚に、はっと目を開けた。1メートル程離れたレールが軋んでいる。
柵の向こう側から、緑色の制服が叫び、そのうちの1人が、こちらへ向かってきているのが見える。

状況を把握し、背中を冷や汗が伝った。

「立ち入り禁止ですよ!」

追い討ちをかけるような激しい怒号に、耳が痛んだ。

そりゃそうだ。だって、これほど近くを電車が通るのだから、注意して当然だ。

隣人は、笑みを浮かべ、こちらを向いた。

「ふふふ、どうしますか?」

「・・・どうもこうもねぇだろ。」

誰のせいでこうなったんだってのと、小さな憤りを感じる。

だが、ここで制服に捕まり、空気の淀んだ駅長室やらに連れて行かれ、こっぴどく説教を受けるのも、この景色に失礼な気がする。

「・・・春に中てられたのかもな。」

自らの論理の破綻っぷりに苦笑しつつも、それはきっと彼と、春のせいだと思うことにした。しろは十中八九、自分が投降すると予想しているだろう。たまには、裏切ってみるのも悪くない、かもしれない。

「・・・逃げるぞ、全速力で。」

「了解ですよ、光の速さで!」

疲れていたことも忘れ、追っ手がいるとわかりながらも、ぬかるむ土の上を駆けだした。

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秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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