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【小話】絵の話【更新】

【絵の話】

「しろ、何をしてるの?」

狭い屋上を訪れたゆりは、傍らに分厚い本を抱えている。東の空から届く光に、黒目がちの目を細めた。
その視界に入った画板と、彼の足元に転がった絵具の山。しろは声に体を震わせ、怯えた目で振り返った。
彼のこんな表情は珍しい、と、ゆりは興味を持ち、隣に移動した。

「ゆりちゃん、早いですね。」

「私は黒蝶堂の憑者よ。ここで起こっている事なら、小さな変化も見逃さないわ。」

「見てなくてもわかるんですか?それはすごい。」

しろは普段通りに笑った。朝方の澄んだ空気の下で、息が白く空気へ溶けていく。筆を左手に持ったまま、
人差し指を立てた。お決まりのポーズだ。

「絵を描いてるんですよ。」

確かに画板には、画用紙がセットされている。が、まっさらだ。ゆりは

「それは知ってるわ。聞きたいのは、いきなり絵具を使うの?って事よ。」

と問うた。

しろは笑顔を崩さず返す。

「いえ、まだ始めたばかりですから、今日はイメージを練ってるんですよ。」

「いめぇじ?」

首をかしげる少女。
ああそうだった、と合点がいき、言葉を探る。

「ああ、えっと、対象と、置く色を大まかに考えてるんです。」

「なるほど。構想ね。」

「そうです。」

その場に座ったしろの隣で、少女は腕を組む。邪魔になった本を、無造作に床へ置いた。
しろは絵具の山に手を伸ばした。一番上の、赤。チューブは下部から折りたたまれ、限界までこき使われているのがわかる。画板は端が擦り切れており、筆もパレットも、大人の彼にとっては小さなサイズだ。

「夢を見たんです。昔の夢を。」

穏やかな口調で語りだした。沈黙に苦痛を感じただの、場を持たせなければ、という配慮でもない自然な切り口。

「中学の美術の時間でした。事前に下書きを済ませておいて、清書を美術室で行うという、よくある風景です。」

ゆりは横に座った。彼がタオルを広げようとするのを片手で制し、それで?と先を促す。

「僕は絵が好きでしたから、先生にもよく褒められていたんです。その時も清書は既に終わっていて、クラスメイト…同級生よりも先に、色付けに取りかかりました。」

自慢する風でもなく、ただ淡々としろは言葉を紡ぐ。

「そんな中で、ずば抜けて進行速度の遅い生徒がいました。」

「まさか?」

「そう、はちでした。」

両者は足元で眠る彼の預かり知らぬところで、顔を見合せて笑った。

「はちは僕の隣の席でした。清書どころか、まだ下書きの段階で、鉛筆を走らせてました。時折先生がやってきて言うんです。『早くしないと、居残りになるわよ』って。」

「要領が悪いのは変わらないわね。」

「そうなんですよ。それでですね、授業が半ばにさしかかった時の事です。見回る先生の目に、はちの手が映ってしまったのは。」

「というと?」

「はちは街の風景を描いてたんです。学校から見える、ビル…えっと、建物と煙突の乱立する入り組んだ風景。僕は裏山を描いてましたから、正反対でした。はちは定規を手にとって、建物の側面をなぞりました。その時に運悪く先生が来て、周囲に、声高に告げた。「『皆見て、こういう風に絵を描いてはいけません。たとえまっすぐに見えても、実際は傾いたり、歪んだりして見えるはずで、フリーハンド…定規を使ってはならない。』と。僕らは手を止め、素直に頷きました。はちは不思議そうに彼女を見上げてました。」

「決まりがあるの?」

「そうではないですが、その授業では紙と鉛筆だけを使って描くのが、暗黙の了解で、かつ、疑う余地のない真理でした。で、僕は驚いたんですよ。」

当時を思い出したのか、しろは首をすくめた。

「はちは立ち上がって、真顔で言ったんです。
『もしビルがまっすぐじゃねぇなら、即座に倒れるはずだ。なのに倒れない。つまり、建物は計算に計算を重ねて建てられ、その設計図には寸分の狂いもない。それを基に作られたもんがオレの目に映って、紙に書き写されるだけだ。だから定規を使うのは否定される筋合いはないし、むしろ必須な道具だ。』
って。」


ふざけた様子のないはちに、教室全体を静けさが包んだ。

「そしてこう続けたんです。『オレの家も確かにボロくて古いから、ちょっとした風やら雨で崩れ落ちそうなありさまだ。だけどなんだかんだで今日まで、倒れることなく立ちつづけてる。まっすぐじゃなかったら無理な話だ。古さでうちに勝るのは、この街には数えるばかりだろうし、街中のビルが当てはまる可能性は低い。うちでさえまっすぐなんだから、言うまでもないだろう?』って」

「うち」とは言うまでもなく「黒蝶堂」の事だ。

「とんだ理屈を並べた、腹立たしい子どもね。」

「今ならそう思います。先生の指摘したかったのは建物の形態や描画手段ではなく、直線で切り捨てられる、別の何かだったのでしょう。ですが当時の僕は、はちの考え方も一理あるなと思ってしまったんです。なぜか一瞬で、自分の絵が褪せて見えた。」

先生に認められるために描いた、「綺麗な」絵が霞んでしろの脳裏をよぎった。

「彼女は一瞬言葉に詰まりました。放課後はちは、美術室へ行きましたよ。終わらない絵を終わらせるためにではなく、呼び出されたんです。『教育的指導』を受けるためにね。」

妥協という言葉を知らなかった当時のはちは、意固地に主張を続けた。
利益があるだとか、引き下がれば格好がつかないとか、そういう理由ではない。

それが原因かは分からないが、はちの美術の成績はいつも低かった。
事件が起こる前も後も、彼の絵は壊滅的な出来だったからだ。

「なあなあで生きてる、今からじゃ想像もつきませんが。」

しろは過去を懐かしむように、双眸を細め、冗談を交えた。
ゆりは「本当ね。」と同意した後、上体を伸ばした。東の空に陽がすっかり昇っていた。途端、しろの腹が鳴った。

ゆりは赤面する彼を仰ぎ見た。

「おなかがすいたわ。しろ、邪魔して悪いのだけど朝食にしましょう。まだ寝てる奴を、叩き起こして頂戴。」

しろは快諾し、画材を片づけ始めた。ゆりはその背中に向かい、小さく呟いた。

「私がいる限り、ここは倒れないわ。」

言葉が届いたか否か、確認する事もなく少女は本を抱え、二階への扉を開けた。


【了】

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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