【小話】雨音の予測【更新】

「「おねがいがあるんですけど。」」

頭上でハウリングした両者の声に、バネの効いた新品の、塩ビ製のハンマーではたかれたような衝撃を受けた。睡魔で、半分意識が飛んでいたようだ。着物の彼女は懐に供物をしまいこんだ。

「傘ね。」

「…何の話だ?」

「ありがとうございます!」

話をするなら、自分を間に挟まないでもらいたい。別に、話の輪の「環」になれない、もしくは、してもらえないからと言って、拗ねて、惨めな気分に陥るような歳でもない。だが、なぜ「傘」なのか?外は堂内とは対照的な、さわやかな春の風が吹いている、ように見える。外に出る予定もないのだから、今すぐ必要なものでもないだろう。余計な疑問を増やしやがってと、机に肘をついた。

その思考に辿り着いたタイミングとほぼ同時に、黒蝶堂の黒電話が鳴った。
しろは空色の傘を携え、配達に出掛けた。

彼が出掛けてすぐ、入れ替わるように向かいの弁当屋の主人がやってきた。「新作メニューについて、相談に乗って欲しい」と、柔らかな笑みを浮かべる。「残念ながら、しろは外出したところなんス」と応えれば、そうでしたかと、目を細めた。そして2.3の世間話を交わした後、主人はアーケードをはさんで反対側、自らの店頭の客人に気づき、回覧板を半ば押し付けるようにして、走って帰って行った。

パラパラと読んだ回覧板に、急ぎの用が挟まっていた。渡しに行こうと、席を立つ。その帰り道、道ゆく高齢女性の荷物持ちを頼まれ、終えた瞬間、黒猫がよぎり、驚いて落とした財布をくわえて持って行かれ、追いかければ狭い路地に導かれ、後ろ暗そうな人間たちの喧嘩現場に遭遇し、今から殴り合いをするからその証人になってくれと懇願され、断れる雰囲気でもなく、しかし面倒ごとはごめんだと途中で隙を見て抜け出し、だが、案の定追い掛けられ、駅のホームへ追い詰められ、流れてきた電車に飛び乗り、振り切ったと上がる息を抑え、胸を撫で下ろす。そこで財布がないことに気がつき、さぁと血の気が引いた。どこかにないかと体を探れば、偶然にも、上着のポケットに、最寄り駅への乗車賃きっかりの小銭が音を立てた。次の駅で降り、とぼとぼと線路沿いを歩いて帰る。落とした財布にはいくらも入っていなかったが、取り戻さなければならない。だが、どこにあるのかわからない物を探す労力が惜しい。要は、面倒くさい。悶々と考えつつ歩いていると、鼻先に冷たい感触が走った。まさか、と遠くを見やった時、白い線は次々と空から落ち始めた。再度駆け出し、近くの商店の軒先に入る。はぁ、とため息を吐くが、雨足は強くなる一方だ。

どうするか、これから。

金もないし傘もない。

当然、携帯電話も、持っていない。

困ったなと、足元を弾く雫に目をやれば、出来上がった水たまりに、見覚えのある彼が映った。

「あれ、こんなところでなにを?」

「…お前こそ、なんでここに?」

あまりの偶然に、言葉が見つからなかった。水面越しに話しかければ、彼は「色々あって、ここに着いたんですよ」と、人差し指を立てた。これ、はちのですよねと白い彼が取り出したのは、探していた厚みのない財布であった。

「ゆりちゃんて、本当にすごいですね。」

僕のお願いも、それに対する答えも全て予測できちゃうんですよ。
楽しげに語るしろに、肩をすくめて見せる。

「…信じられねぇって意味なら、お前も同程度だぜ?」

いや、この現象事態がか。
雨粒を弾き飛ばす空色の傘が、くるくると回った。

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秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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