【小話】濃紺の湖畔【更新】

「これは珍しい絵ですよ!」

「・・・んなわけがねぇだろ。」

「フィクションでは、よくあることですよ。」

「現実は、作り物とは別に決まってんだろ。」

「とにかく!」

客人が切り出し、黒蝶堂同士のやりとりをぶつ切りにすると、「薄ら寒いから、ここで供養してくれ。」と、ある作家の作品を押しつけ、自分の掌を持参の瓶から取り出した塩で揉んだ。続けて黒蝶堂の洗面所の蛇口をひねり、水流が止まる前に消えていった。

「すぐ調査が必要ですね!」

「・・・勝手にやってくれ。」

その日の夜半、昼寝を経て万全の体調を整えたしろは、黒蝶堂の片隅に立てかけておいた絵の前にしゃがみこんだ。山々に囲まれた湖畔だろう、水面に夜空と月の映る世界で、とんがり帽子の人間が釣り糸を桟橋からたらしこんでいる。幻想的で、涼やかな絵画であり、「不気味さはどこにもないな」と昼間のはちは漏らした。

さて、どこから調べましょうかと歩を進めたしろは、その水面を指でなぞる。
しかし、それは失敗に終わる。
意志に反して、彼の指は水面から水中へ飲み込まれた。

「君、大丈夫かい?」

水面から頭を出し、辺りを見渡す。足が着かないため、立ち泳ぎをしつつ、遠くに見える桟橋へ近寄っていく。太陽が休んでいるため、水温は低いのだろうが彼は周りの温度に鈍感であり、何の差し支えもなかった。

板に指をかけ、勢いをつけて陸地へ伸び上がった。

彼の予想通り、そこには”かの”とんがり帽子の人物が、釣り糸を垂らしていた。しろは半拍も置かず、その背中に駆け寄った。

「本当に本物ですね!」

目をきらきらと輝かせ、その肩を叩く。

「外の世界は危険だ。」

対し、人物の応答は平坦で、冷静というよりは冷たい印象を与える。
帽子より覗く眼孔は、じっと湖に注がれたままだ。

「素人と慢心の運転手で溢れている道路が、町中に張り巡らされているんだろう?」

ズボンの裾を絞り、髪の毛を絞り、体をふるわせて水分を飛ばしたしろは、湖の向こうへ視線を向ける。湖畔には細身の樹木が転々と、体を寄せ合うことなくひょろりと立ちつくしている。
車どころか、辺りは藪に囲まれていて、釣り人はどこからきたのだろうか?その道筋はあるに違いないだろうが、弱々しい月夜の光では探すことが出来なかった。

しろは釣り人の隣に座り、湖へ足を投げ出すと、掌に顎をのせて問う。

「具合はどうですか?」

「いいよ。気分はね。」

釣果は全然ダメだが、私の性分にはとても合っていると、釣り人は沈まない浮きを眺めた。

「これからもずっと、私はここでその日を待ち続けるのだろうね。」

釣り人は帽子の鍔を上げた。
明けない夜にふさわしい、寂しげで怪しげで、それでいて涼しげな笑みを浮かべ、しろに手を差し出した。

「はちの間抜け面が見えます」と、寝起きのしろは冷静に観察した。眠った覚えのない頭が、固い床を枕にしている。よいしょと起き上がり、きょろきょろと例のものを探す。それは昨夜と同様、黒蝶堂の片隅に掛けられていた。人物は寂しげで寒そうな世界の中で、釣れるはずのない魚を待っている。

「僕、この人とお話させてもらったんです。」

「・・・額縁を準備するなんざ、用意周到だな。」

しろは近くの額縁を両手で掲げ、空白のその中に自分の上半身をはめ込んだ。
額縁越しに見る黒蝶堂は、いつもと変わらない風景を残していた。

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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