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【小話】とあるばあさんのかこばなし【更新】

このおばばがまだ、死んだ爺さんと出会う前の話を聞きたいなんて、あんたも仕事とは言え難儀だねぇ。え?前置きはいいから、早く本題に入れ?ヤダヤダ、最近の若い子はせっかちで。ハイハイ、承知致しましたよ。
あれは父さんに頼まれて、親戚の家に荷物を届けに行った朝のことでね。夜のうちからの雪が路傍やら草叢の半ばやらに残っていて、荷物を小脇に抱えた私は、滑らんように氷の鏡をピョンピョン飛び越えて駆けていったのさ。実家も親戚の家も、もう今は姿を消しちゃったけどね、子どもの足でも、そんなに離れちゃなかったはずだ。こうみえても、記憶には自信があるんだよ。でもまぁ、どんなとこにも子どもってのは特別を見つけたがるもんでね、私も多分に漏れず、鋏が紙をサッと切るように、あえて音を立てるように踏ん張って、全体重をかけて草っ原に切り込んだわけだ。要は、大人の知らない道を通る自分が誇らしかったんだね。
私は、藪の向こう側に背丈の高い木々で覆われたトンネルがあることを知っていた。いつも綺麗な色を見せるそのトンネルだったけど、その日は特段に美しかった。枝に氷柱が下がって、小高い霜の丘の上をゆっくりと歩いて行って、吐く息は真っ白で。辺りは人どころか何かの呼吸の気配すらなくて、まさに白と黒の世界だったってわけだ。私は親戚の家の方角に向かってスキップしていった。鼻歌交じりに、足裏でサクサクと氷が砕けるのを楽しみながら。するとトンネルの中腹あたりだったかな、木々の合間に落ちていた、赤く光るなにかを見つけたんだ。ぴたりと足を止めて、目をじっと凝らしたよ。大きさも色も烏瓜ぐらいだったけど、キラキラと光っていたから、ただの木の実じゃないことはすぐにわかった。つま先がすぐにそっちを向いて、体を横にして木と木の合間に体を入れて、斜め下に右手を伸ばした。だけど、あと少しのところで指の先が届かない。空を切る手首がもどかしくて、私は全体重を前方にかけたんだ。どうなったと思う?そう、ご明察。私の体は木と木の合間からするりと抜けてしまって、トンネルから弾き出された。冷たい急勾配の霜の丘をゴロゴロと転がり落ちた。藪の下で止まったころには、左手に抱えていた荷物の箱がぐしゃぐしゃにつぶれていて、私は息をのんだ。右手に掴んだ赤い塊は、掌の中でぐちゃぐちゃにつぶれていて、箱から飛び出していたのは父さんが肌身離さず大切にしていた懐中時計で、その表面にひびが大きく入っていたんだから。涙がぼろぼろと零れて、嗚咽が止まらなかった。壊してはいけないものを、自分の手ですべて壊してしまったんだと直感的に悟った。怒られることも、ここがばれてしまうことも、どちらも恐ろしく感じた。私は、涙なんて枯れないんだなと思うくらいに、わんわんと泣いた。

「永遠に煩いな。」

どれくらい泣いた後だったろう。何もなかった空間から、突然声が湧いて出たんだ。驚くだろう?何もないところから、機嫌の悪さを少しも隠していない子どもが、白い世界を裂くように現れた。驚きすぎて、言葉を失い、溢れて止まらなかった涙が一瞬、引っ込んだんだ。

「これが直れば、黙るのか?」

子どもは同い年くらいの、小柄な少年だったよ。派手なゴーグルを額にのせて、唇を尖らせていたのをよく覚えている。彼の手には時計があって、私は焦って、「返してよ!」と叫んだ。だけど、彼はそれを返してはくれなかった。ただ肩を竦めるだけで、今思えば、その仕草は私の友達には誰もするもののいない、大人びた所作だったね。私を指さした彼は、顎を振って視線を送ってきた。目を凝らすとそこには小さな湖があって、その畔には湯気らしきものが立ち上っていた。「汚いから、洗えば?」そう言うと彼は、こちらに背中を向けて座り込んでしまった。汚い?私は掌や膝を見て、そこで初めて、自分が泥と血にまみれていることを知ったんだ。私は半信半疑、おそるおそる湖に近づいて行った。手を浸ければ傷口には沁みたけど、ちょうどよい温度で、膝を洗ったときにタイツが破れていることに気が付いた。涙のあとがひどかった顔を洗って、ポケットから母さんに持たされたハンケチを取り出して、丁寧に拭いた。その時には気分はだいぶ、落ち着いてきていたね。あらかた清めた後、彼のいた場所に戻ると、彼の姿はもうそこには無かった。代わりに、そこには家を出発したときと同じ包みの荷物が置いてあったの。開いてみると、父さんの大切な懐中時計がこちこちと音を立てていた。表面は割れてなくて、元通りになっていた。これは妙だねと顔を上げた私は、トンネルの入り口に座り込んでいた。いったい何が起こったのか、まったくわからなかった。それからすぐに、村中の好奇の視線を一身に浴びることになったのさ。私は警察に保護という名の収容をされて、いろんな検査や聴取とやらを受けた。気が付いたのは、空気のにおいが変わっていたことだ。変わったカレンダーだなと思っていたら、今何年かわかるかいと問われてね。和暦で答えたら、それはずいぶん前に終わりを迎えた年号だよと諭された。父さんも母さんも迎えに来てくれなくて、若い警察官の話をうのみにすれば、村人で私のことを知っている人はどこにもいなかったんだと。時計を渡すはずだった親戚の家も住人すらいなくなっていたらしくてね。要は、タイムスリップみたいなことが起きたのかしら?って、あとから冷静になって思えるようにはなったけれど、当時は混乱が混乱を呼んで、ずいぶんと苦しい思いをしたわ。
…あら、話が飛躍しすぎちゃった?貴方、難しい顔をしているわよ。話したいことは話すけれど、うまく伝える技術がないものだから、貴方がうまくまとめてくれると嬉しいわ。だって、起承転結を考えるのが貴方の仕事なんでしょう?あら、違ったの。まぁいいわ。その時の懐中時計を見たいのね。わかったわ。さぁ、こちらへどうぞ。

【了】

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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