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【小話】書割の背表紙【更新】

背中を丸めて堂内に足を踏み入れた黒川はちは、外界との境界線である扉にかけられたカーテンを左右に開いた。ガラス越しの外は灰色がかった寒々しい世界で、その扉も開いてやろうという気にはまったくならない。あくびを一つし、踵を返す。その視界の端に、見覚えのないものが引っかかった。雑多な堂内でもそこだけが目立つように丸印でもされているのか、本棚に並ぶ背表紙の真ん中に、それは存在していた。

「…なんで、こんなとこに部屋ができてるんだ?」

黒川はちは、誰に問うでもなく口を開いた。そこにはノブがあった。堂内には間仕切りが少なく、ほかの部屋はない。であるがそのノブは、茶けたハードカバーの背表紙から生えるように突き出ており、その周囲はいつも通り、ジャンルの境界を越えた書物が並んでいた。単にノブらしき物体が背表紙にくっついているだけなのだろう。おおよそ、厄介な同居人の仕業に違いない。黒川はちは、ため息を一つ吐くと、そのノブに手を伸ばした。

ノブはゆっくりと、時計回りに回った。そして、「扉」は開いた。
訝しげに警戒しつつも一歩進んだ黒川はちは、ガタガタと唸る天を見上げた。その隙ほんの数秒、すぐに無数の埃が立ちのぼり、宙に舞った埃が地に落ちる頃には、辺りは書物の海となり、沈黙に包まれた。

「大丈夫ですか、はち?」

腕を引かれた黒川はちは、声の主のしろに目を覆った。

「背景ですよ!」

漫画っぽいでしょう?と言うしろは、後光を背負って立っていた。

「…眩しいっての。」

背後にフラッシュを焚いていたしろを横に押しやりつつ、はちは書物の海から這い出た。するとしろは、雨模様のついたてをはちの背後に運んだ。「お似合いです」と笑う彼は次いで、同時に「よいしょ」と太字で書かれたプレートを前方に置いた。ズボンについた汚れを手で払いながら立ち上がったはちは、鼻を働かせた。

「…美術室の匂いがするな。」

「懐かしいですよね!」

周囲を見渡してみると、ノブは、確かにそこにあった。だがしろ曰く、書棚の絵画にノブをくっつけたように見える仕上げにした、とのことで要するに、ただの書割であるらしい。書物が落ちてきたのは、日ごろの片付けの成果、といったところだろうなと、はちは自嘲気味に顔を歪めた。さっそく片づけなければと、書物を一冊拾い上げたとき、鼓膜をつきやぶるような銃声が聞こえた。

「…は?」

はちがそちらに目をやれば、ガラス戸を激しく叩く赤い手があった。唖然とするはちをしり目に、すぐに黒蝶堂の扉は開かれた。堂内に転がり込んだ小柄な人影はすぐさま立ち上がり、書棚の合間を駆け抜け、はちとしろの前に姿を見せた。その頬から上半身から膝から爪先からは、べっとりと赤い何かで染まっていた。彼もしくは彼女は一直線に、例のノブに手をかけ、それを回すと、背景であるはずの絵画の向こうに消えていった。扉は勢いよく閉じられた。

「堂長っ!」

間もなく、眼光鋭い男が黒蝶堂の敷居を跨いだ。黒手袋に短筒が握られ、細い白煙が銃口から立ち上っている。

「ここがにおうな。間違いない。」

靴裏をカツカツと鳴らした軍服の男は、ズカズカと黒蝶堂に入り込み、書棚の上からガラクタ達の下まで、鼻をひくつかせて歩き回った。

「…あぁ、美術室の匂いだろ。」

はちには軍服の彼・鬼桐に良い思い出が無い。彼の視線に、どことなく敵意のようなものを感じるのは最初に出会った頃とまったく変わっていない。だが、その手に握られた得物を前に、彼に逆らうことは出来無い。それが本物であるということは、認めたくない事実の一つでもあった。茶化すつもりではなかったのだが、はちの言葉に振り返った鬼桐の頬には、見事なまでの青筋が浮かんでいた。

「騙し通せるとでも思ったかっ!?」

そういう意味不明な例示は、内輪だけにしとけ!と、鋭い黄色を帯びる瞳で貫かれ、はちは沈黙するしかなかった。

それからすぐに彼は、例のノブの前に立った。銀色に光っていたノブは、今は少しだけ、褐色に汚れている。逃亡者が汚していった跡だと、はちは唾をのんだ。鬼桐が短筒を左に持ち替え、右手でノブを回す。そして一気に、ドアをこじ開けんばかりに引いた。

そして、鬼桐は呟いた。

「…ゆり嬢の領域ってわけか。」

はちとしろが彼の背中越しに奥を覗き込めば、そこは書棚が行く手を阻んでおり、背表紙についたノブだけが、鬼桐の掌に残っていた。彼はそれを放り投げ、くわえ煙草の煙をふかすと、短筒をホルダーに戻した。そして堂長を一瞥すると、さらに舌打ちを重ねて黒蝶堂を後にした。

「そうね、ただの絵具ね。」

放られたノブの落下点、書棚の上の少女・ゆりはノブを検め、堂長たちの前に舞い降りた。

【了】


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テーマ : オリジナル小説
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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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