【小話】平和の鏡【更新】

「事件が起きなければ、死ぬのは誰だ?」

一つ問おう、堂長よと、ベレー帽に髭をたくわえた男は、堂長席でうたた寝をしていた黒川はちに投げかけた。

「…事件が起きなけりゃ、世界は平和っスよ。」

「実は解は2つ。君に、この謎が解けるかな?」

――この男、人の意見を聞かないタイプだな。

もしくは、自分の結論に同調してほしい人間がほしいのか。どちらにせよ、相手側になった人間のできることは、問う人間の「鏡」になることくらいだろう。

ならば冒頭に戻ろう。

ベレー帽の男は、数十年前に流行った推理小説作家の作品に目を通している。顎に指をかける様は、その小説に登場する探偵そのものの仕草である。はちは腕を組み、椅子に深々と沈み込んだ。鼻から少しずつ息を抜けば、髭の男は堂長席に近寄ってきて、不敵に微笑んだ。

「君には、難しい話だったかな?」

「…手掛かりがあれば、もう少しは考えられるんスけど。」

「凡人でも考えようとするところは、評価に値するね。」

はちは、ため息を喉奥で押しとどめた。

そう、既にお分かりだとは思うが。

考えている“ふり”の提示が彼には必要だとはちは結論付けた。椅子に沈み込み腕を組む動作は、かの小説に登場する探偵の助手に見られる描写であったはずだと、はちは遠い記憶を呼び覚まし、実際に真似して見せたのだ。

気持ちよく書物を購入してもらうには、売り手側の多少の演技も要する。

そう値踏みをした上での慣れない仕草をしたはちだったのだが、客人は書物を書棚に戻し、「私がまたここにやってくるか、君はどう思う?」との言葉を残し、黒蝶堂を後にしたのであった。

「…本が売れなけりゃ、くたばるのは誰だ?」

【了】

スポンサーサイト

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

メニュー
twitter
    更新情報配信中