【小話】活字中毒悪食人間【更新】

「どのあたりに、置きますか?」

「…適当に並べればいいだろ。」

書物を左手に、黒川はちへ示すは同居人の氷山しろである。先日買い取った本は料理に関する論述本であったから、しろが少しの間借りていたのであった。「わかりましたよ」と言う彼が書棚の影に隠れる。数分後、はちは堂長席を立ち、しろの腕をとった。

「…待て待て。」

「ちょうど焼きあがるようにしますよ?」

しろは首を傾げた。古びたトースターに、書物の半分程が埋もれている。

「…客から見えねえと、意味ねぇだろうが。」

「適当って言ったのは、はちですよ!」

「適当ってのは、いい加減って意味じゃねぇよ。」

「適当な場所ですよ、ここが!」

「どこがだよ!?」

言い争ううちに、しろの手から、書物が落下した。書物は本来ならば食パンが一枚挟まる程の幅の箇所に、ちょうど収まった。まったくこいつは何を考えているんだと、はちは大げさにため息をつく。幸いなのは、このトースターが現役をずいぶん前に引退して、現在は単なる骨董品としての価値しかないところだろう。コンセントにつないでも、火が通らない。だから、引き抜けばいいだけの話だ。

はちが安堵したそのとき、軽快な合図音とともに、はめ込まれていた書物が飛び出した。

「…おい、まさか。」

「焼けたみたいですね!」

堂内に、香ばしい匂いが広がる。匂いの元は、飛び出てしろの手に着地した書物であることに間違いない。彼がページを開くと、理路整然と並んでいたはずの文字たちがそれぞれ巨大化し、一口サイズのクッキーのように膨れ上がっていた。

「…なんでこんなことになるんだよ。」

はちは天を仰ぐ。

「こんなことがあるんですね。」

「…ありえねぇだろ、こんなの。」

にこにこと微笑む同居人は、皿を持ち出してきて書物から活字のクッキーを山盛りに重ねた。その天に置いた「あ」をつまみあげ、とまどうことなく口に運ぶ。十分に咀嚼した後、「そういえば新鮮な蜂蜜があったはずです」と、冷蔵庫へと向かった。活字だったはずの山と、ところどころの単語の欠けた書物を前に、はちは「…これ、どうするってんだよ」と呟いた。

「活字中毒」「悪食人間」と、なかなか落ちない墨汁で両頬に書かれたはちとしろが、客人から訝しげな視線を浴びる、少し前の話である。彼女の力で書物が元に戻ったのは、言うまでもない。

【了】

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秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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