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【小話】月兎画廊へのみちしるべ【更新】

画商を名乗る男が黒蝶堂を訪れたのは、午睡にふさわしい頃合であった。黒蝶堂は古書店ではあるが、先代堂長・黒川伊織の趣味の色合いが強かったおかげなのか、壁には様々な絵画や古文書が掛けられ、足下には積み上げられた古書の隣に、制作年代不詳の壷や瓶が所狭しと並んでいる。そんな内容がアダとなっているのか、対外的にも”全体的に古い物を扱う店”として認識されているらしく、時折、珍品を取り扱う”少々変わった”、もしくは、”うさんくさい”と表記するにふさわしい人物が訪れることがあった。

今回やってきた自称・商人が風呂敷から取り出したのは、額縁に納まる一枚の絵画であった。「すばらしいでしょう」と、薄墨で描かれた、月と兎をモチーフにしたそれを掲げて感嘆の声を上げる画商に、堂長である黒川はちは、

「・・・そうっスね。」

と、焦点の合わない瞳を、ばれない程度に右往左往させる。なにせ、絵の価値など皆目見当のつかない、ど素人なのである。絵そのものが漠然と美しいことに文句はないが、それ以上の感想を求められても正直言葉に詰まる、と言ったところであった。画商が

「訳あって手放したい、内密に。」

と続けるところに、不審感を覚えているところでもある。

ふと、軽く背中をつつかれる感覚に、はちは眉を寄せそちらを見やった。すると、なぜか神妙な顔つきの同居人が、口を素早く動かした。

「僕、行きたいところがあるんですが。」

「・・・便所なら、ついていかねぇぞ。」

「縁があると言えば、ありますけど。」

「・・・どういうことだ?」

小声でやりとりをする二人の様子を見ていた画商は、口元だけで笑った。

「また後日改めて参ります。お二人でご相談されたいこともありましょうから。」

と、鼻歌交じりに絵画を風呂敷に包んだ。



「本当に好い音だったんですよ!」

「ここの方が、ゆっくり話せると思って。」

彼女を見つけるのは、意外と簡単であった。「遭遇した」と言った方が、ニュアンスは近い。
はちの視野には細やかな装飾の施された天井が広がり、冷たい枕が、後頭部を冷やしていた。視線を横にやると、パイプ椅子にちょこんと座り、ギターを軽く鳴らすエレベーターガールがいた。

「・・・移送途中に、騒がれなかったのか?」

「私は見つけられない。普通の人間には。」

彼女はぼそぼそとつぶやき、寂しげな旋律を奏で、瞳を伏せる。水玉模様の大きめの帽子が、こてんと傾いた。

はちは思い出す。

彼女の名前は鹿々苑サヱ。鹿々苑百貨店の憑者を名乗る、恥ずかしがり屋を拗らせている少女だ。ゆりの話によれば彼女は、楽器を鳴らしていなければ喋ることもできない、耳を疑いたくなるような特異体質であるらしい。普段は、彼女の憑場である、この広い広い百貨店の中で清掃員に扮して掃除に励んでいるらしく、見つけるのは至難の業だ。

だが本日、彼女は入店してきた堂長達に気がつくとすぐに、その背後に回って・・・

――ここからは、目撃者Sの証言である。

「サヱちゃんの箒の柄がぽっこーんっとはちの後頭部にクリーンヒットしまして、はちは昏倒。僕がここまで運んできて差し上げたんですよ。」

「・・・ほかに、やり方があっただろうが。」

すると彼女は頬を染めた。

「だって、恥ずかしい。」

「・・・は?」

「でも堂長が来たと言うことは理由があるだろうし、でも、面と向かって話すなんて無理だし。」

洋風人形のようなナリの彼女は続ける。はちは思う。人前で箒を振り下ろす勇気があれば、一言声を掛けるくらい、どうということはないだろうに、と。深いため息が出た。

状況から察するに、意識を失った自分は百貨店内の医務室に運ばれたのだろう。色々と考えるのが面倒くさくなったはちは、早々に本題へと入ることにした。

「ここには画廊があったよな。」

彼女は頷く。はちはしろと視線を交わした。

先日、しろは画商が帰った後に言った。

「僕、あの絵画を見たことがあります。昔、伊織おじいちゃんとデパートに行ったとき、画廊に立ち寄りましたよね」と。

「・・・覚えてねぇな。」

「はちも一緒に居ましたよ!」

はちは上着の内ポケットから、写真を取り出して彼女に示した。どこからともなくベースの低い音が流れてきた。サヱは写真を手に、数秒固まった。
そして、

「・・・この子は、今どこに?」

「「「でーん!」」」と複数の音が重なり、吹き付ける向かい風のような重たい音圧が、はちとしろの顔面を襲った。彼らは目を右に左に移動させる。彼女の後ろに、彼女とそっくりの顔をした少女たちによって組織された額奏隊が並んでいた。ゆりいわく、彼女はこうやって、すぐに何かに紛れようとする癖があるそうな。緑色に光る彼女の瞳を前に、はちは頭が痛くなるのを感じていた。



サヱと別れ、黒蝶堂に戻った彼らを迎えたのは、黒蝶堂の憑者・ゆりであった。

「言うまでもないことだけど、商談に応じる必要はないわ。」

堂長席には、昔の新聞が広げられていた。その中央付近、今から20年前の記事に、はちは目を通す。記事の大きさから、あまり大きく取り上げられなかったようではあるが、その文面はまぎれもなく鹿々苑百貨店での窃盗事件についてであり、絵画の特徴を緻密に描写していた。
今回黒蝶堂に持ち込まれた絵画は、間違いなく、窃盗に遭った作品のようであった。

どうしたらいいかと頭を悩ませるはちを前に、ゆりは続ける。

「絵から引き抜けばいい事よ。」

「・・・引き抜くって言っても。」

「それを考えるのが堂長の仕事よ。」

どういう意味なんだと、居間に戻ったはちは天を仰いだ。お縄につきたくはないから、盗み返すことはできない。そもそも、今の画商の手に渡るまでにたくさんの人の手を介した可能性があるから、彼自身、元々が窃盗品だと知らないかも知れない。一方、サヱの様子を思い出すと、元の場所に戻してやりたい気がしなくもない。

「一休さんの虎の絵の話みたいに、外に出てくるのを待ちますか?」

「いや、あれは結局外に出すことができなくて天晴れって話だろ?」

シンクを磨いていたしろが居間にやってきた。その様子を見て、はちの頭にぼんやりとアイデアが浮かんだ。が、その素っ頓狂さに首を左右に振る。

「いいんじゃないの?」

その考えに同意をしたのは、はちの心を読んだゆりであった。はちは言う。

「・・・勝手に心を読むんじゃねぇっての。」



月兎飛び跳ねる深夜の草原が、堂長席に広がった。目の前の椅子には、いつぞやの画商がにこにこと座っている。はちは一言断りを入れ、あらかじめ用意していた、水の張ったバケツを足下に置いた。何の変哲もない、普通の水道水だ。それに絵をかざす。とたん、にこにこしていた画商が怪訝そうに、眉をひそめた。

思いついたのは、シンクに映る反転した食器の絵柄を見たのがきっかけだ。絵画そのものをどうこうするのではなく、中身をどうかすればいいのではないか。そして用意したのが、絵が全て映るような水面を持つ、バケツであった。うまくいくかはわからない。ばかばかしいとは思いつつも、やってみる価値はありそうだった。ゆりの言葉が、後押しとなっていた。

絵を水にかざしてしばらくすると、それはゆっくりと、うっすら墨をひくように水に吸い込まれていった。画商は目を丸くする。実は、はちも同じ気持ちだ。だが、それを表情には出さないようにし、今度はその水を上質な紙に薄く流し入れる。すると、元通りの絵がそこに完成した。

はちは、できるだけ威厳の出るような声音で語る。
誤って、「・・・ありえねぇ」と言ってしまわないように。

「・・・元の位置に、戻した方がいいんじゃないんスかね?」

「いやあ、さすが黒蝶堂さんだ。脱帽いたしました。」

画商は笑って、カラになった額縁を風呂敷に包んだ。その頭上、指を宙でくるりと回す、書棚上の少女の姿があったのは言うまでもない。



後日、黒蝶堂の外にギターを背負ったエレベーターガールが立っていた。

「これ、お礼。」

手短に言うと、彼女は顔を真っ赤にして、来た道を走って帰って行った。大きな帽子が、駆けるはずみで今にも落ちそうである。はちの手には、百貨店内にある老舗和菓子店の名物である、月餅の包みが載せられていた。

取り戻された月兎の絵画は元通り、鹿々苑百貨店の画廊に飾られているらしい。


【了】

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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