【小話】あめの話【更新】

【あめの話】

「今日も雨ですねぇ。」

朝方の堂内で、しろがぼんやり呟くと、

「たまには大人しくしとけ。」

体を伸ばし、背骨をパキパキと鳴らしたはちは、すかさず釘を刺した。
ここ数日の朝から晩までだらだらと続く長雨のせいで、完璧な運動不足である。

といっても、定期的に運動をしているというわけではない。
じめじめした空気に、どことなく体を蝕まれていく気がするだけだ。
どう足掻いたところで、落ちていく体力に歯止めをかけることはできない事は、日々の生活でいやでも実感させられていた。

硝子戸から見える、カラフルな傘の群れ。気分の滅入りそうな天候でも、人の流れは途絶えることはない。
地面には既に水たまりができており、ランドセルがその上を軽やかに飛び越えて行く。
彼らに声をかける、白い後ろ頭。

…え?

はちが気付いた時、隣にいたはずのしろは表に出、小学生と戯れていた。いつの間に準備したのか、「保護者」の腕章を巻き、手を振っている。小学生の張り上げた挨拶が、戸ごしでも聞こえてくる。

一所に留まれない性分は、時に不可解で不自然な行動を見せるのだ。


向かいの弁当屋から、サラリーマンが連れだって出てくる昼休みの時間帯。
どの顔も若く、スーツが濡れないようビニール傘を傾けている。

「降ってくる雨粒が、飴玉だったらどうですか?きっとおいしいですよね!」

「高度何メートルから降ってくると思ってんだ。さした瞬間、傘が駄目になるだろうが。」

空腹に負けそうになっているはちは、ぎりっとしろを睨んだ。

「ならサイダーだったらどうですか?喉が乾いたら、上を向くだけでいいんですよ!」

「雨上がりに地べたがアリで溢れてもいいならな。」

しろの表情が固まった。

「そ、それは…踏まないようにするのが 『義理と人情』 ってやつですよね…でも…」

アリの天国となった地上を、本気で想像しているであろうしろの前で、はちはため息をひとつ零した。

「なら…」

それでも提案を続けようとするしろを、

「普通の雨で妥協しとけ。干ばつも洪水も起こさねぇで、誰に言われるでもなく適度に降ってくれてるんだ。お前よりもよっぽど空気が読める奴だ。」

言い放つと、しばしの間が辺りを支配した。

しろを取り巻く空気が、がらりと変わった。

「はちには夢がない!まったく、悲しい人間ですよ。」

しろは掌を表に両手を顔の高さに挙げ、演技ぶったポーズをとる。
あなたにはがっかりだ、といった風な口調。
両者は空腹で苛立っていたはちの額を突き刺した。

「お前のは夢じゃなくて、ただの妄想って言うんだ!」

はちは煽られ、牙をむいた。
が、

「やれやれ、幻想に思いを馳せれなくなるなんて。可哀そうな人ですね。」

小馬鹿にした態度を一向に崩さず、いつものように人差し指を立てた。

「お前表に出ろ!」

「はち、外は雨が降ってるのですよ。あなたのおっしゃる、ただのなんの変哲もない雨が。そんな日に傘もささず外に出ようとするなんて、正気の沙汰ではないと思いませんか?」

「茶化すんじゃねぇ!」

立ち上がり、逃げるしろを追いかけ、狭い堂内を走る。

はちの手がしろの肩を掴む瞬間。

「雨の日くらい大人しくしなさい!」

正義の鉄槌が、頭上から降ってきた。
べっとりとした、粘着物質。

「甘いにおいがしますよ、はち。」

みずあめよ。雨に飴。どちらも兼ねられて便利だわ。」

天井の少女としろが、顔を見合せて笑った。

「早くお天道様を拝みたいぜ…ちくしょう。」

眼鏡を右袖で拭いながら、はちは嘆いた。
明日こそは晴れてほしいと願うばかりである。


【了】

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説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

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