【小話】ねこの話【更新】

【ねこの話】

黒蝶堂の朝。

草色のカーテンを開き、重たい硝子戸を横へ滑らせれば、春先の涼やかな風が吹き込んできた。

はちはあくびを1つこぼし、続けて背伸びをする。

昨晩までの悪天候はどこへやら、すっかり天気も回復し、青空がやけに眩しい。

表通りを自転車で駆け抜ける高校生の表情は、心なしか明るく見える。

「おはようございます!」

朝から元気な事だ。

はちは応じて会釈をし、その後ろ姿を見送る。


絵に描いたような、穏やかで平和な朝だ。







「はち!布団を干しますから、手伝ってください!ほら早く!」
「堂長。今日も仕事が山ほどあるのよ。早く席に着きなさい。」






束の間の幻想は、堂内に目をやれば無残に壊れてしまうのだが。

冷めた目で両者を見れば、しろはキョトンと首を傾げ、ゆりは口元をゆがめた。

はちは苦笑いを浮かべ、ため息をこぼした。

「はいはい只今。しばしお待ちを。」

ふざけて出た、芝居がかった口調は誰譲りのものか。
答えは明白だが、はちは目をつぶり、脳裏によぎった面影を、意識の端へ追いやった。


雑用にひと段落つき、時折訪れる客の相手から一時解放される昼休みは、心休まる瞬間だ。
昼食後、しろは買い物へ出かけた。ゆりの姿はない。
チャンスだ。
気づいたときには、こみあげてきた衝動に突き動かされていた。

屈伸をし、ある程度体をほぐす。準備は万端。
しばらく使っていなかった筋肉を動かす、絶好のチャンスだと、はちは朝から思っていた。
むしろこんなに天気がいい日に、辛気臭い空間に閉じこもるのは失礼な話だ。

「…誰に失礼なんだか。」

自分で自分に突っ込みを入れ、櫻坂神社のふもとを目標地点に、こっそりと走り出した。

息が切れるのに、時間はかからなかった。
それでも走り、黒蝶堂に戻ってきた頃、はちの額には汗がにじんでいた。
珍しくすっきりした表情の彼の視界の端に、何かが映った。

「にゃーん」
誰が放置していったのか、黒蝶堂の表に置かれた自転車。
その後部座席に、小さな黒猫が乗っていた。

「あ?」
「にゃーん」

「はいはいにゃーんにゃーん。」

物欲しげに見上げる金色の瞳が揺れ、軽やかに地へ降り立った。
そして目の前を動かない。
通り過ぎようとしたはちは、仕方なくしゃがみこみその頭をなでた。金色が細まる。地に背をつけ、腹部を見せてきた。
撫でろと言っているらしい。
そろそろ帰らないとまずいが、この子は通してくれそうにない。

はいはいお望みの通りに。と、はちは手を伸ばした。

「お前はいいよな。なんの心配ごとも悩みもねぇんだろ。」
「にゃーん」

「平和な奴だな。」
「にゃーん」

「にゃにゃにゃにゃ?」
「にゃーん」

「にゃにゃにゃにゃにゃ。なるほどにゃ。」
「にゃーん」

その時、最高潮に運の悪い事に、角から人影が現れた。
スーツを着こなした、若い女性だ。
はちと目があった後、うつむき、はちから一定の距離をとって、足早に通り過ぎていく。


なんとも気まずい空気が流れた。


これは違うんだ!ただノリと勢いで、つい言っちまっただけなんだ。

はちは内心に、弁解の渦を作った。


だが、その思いは伝わる事はない。


立ち尽くすならぬ、座りつくしたはち。
女性の姿が見えなくなった頃、今度は黒猫がすっと上体を起こした。

「おい、どうした。」
「にゃーん」

小さな鳴き声を残し、一瞥もくれることなく歩きだしていった。


「なんだかフラれた気分だぜ…。」

「誰に振られたのかしら?」

聞き覚えのある声に、おそるおそる先を見れば、ゆりの姿が。
気づけばその足元に、黒猫が寄り添っていた。

ゆりは黒猫を手で払い、綺麗に笑った。

「いつまで遊んでるつもりかしら?黒蝶堂堂長?」

はちの額に、違う色の汗が浮かんだ。

「いや、その。」
「話は堂内で聴取させてもらおうかしら?」

言葉がうまく紡げないはちは、今更ながら軽率な行動を反省した。

その代わりを買って出たのか、ゆりの傍らの黒猫が、
「にゃーん」と喉を鳴らした。


【了】

スポンサーサイト

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

説明

秋雨

Author:秋雨
人間と憑者のライトホラー物語。

現実世界その他諸々の事象とは、一切関係ありません。著作権は放棄していません。なにかありましたら拍手からお願いします。

【管理人】

秋雨。成人済。

【主な登場者紹介】

黒川 はち

古書店黒蝶堂堂長。
気苦労の絶えない受難者。

氷山 しろ

黒蝶堂副長。
電波的言動の目立つ青年。

ゆり

黒蝶堂憑者。
冷静沈着な少女。

深見ヶ原 牡丹

深見ヶ原墓地憑者。
猪突猛進イノシシ娘。

カコ

川辺の憑者。
人間嫌いで鬼桐の部下。

鬼桐

煙草が手放せない隊長。
熱くなると誰にも止められない。

黒川 伊織

はちの祖父で先代堂長。
3年前に他界。

メニュー
twitter
    更新情報配信中